麻雀放蕩記 後編  平成24年2月

麻雀放蕩記 後編  平成24年2月


バブルの時代。
全自動卓の普及とともに「気軽に遊べる」雀荘が続々と開店した。
大学生をターゲットに、テンゴが主流。
誰もが小金持ちであり、サービスのよい清潔なお店には、常に待ち客があふれていた。
といっても、「○○プロの店」のように硬派な雀荘がほとんどで、ギャル雀が出現するのは、もう少し後の時代になる。

地方出身のミーハーな私は、喜んで「○○プロ」に会いに行く。
金子正輝プロとか、狩野洋一プロとか、もちろん、片山まさゆきの店にも。
で、ある日、高校時代の同級生のコジマ君(前述)の雀荘に、あのババプロが来るという。荒川区から、遠路はるばる聖蹟桜ヶ丘まで遊びに行った。

バビィ見たさに集まったお客は10数名。こんなもんか。
そして、予定の時間に2時間近く遅れてやってきたバビィ。
しかし、誰もが予想していたことなので怒る人もいない。有名な話。

で、順番で対局となり、、、私が親のときのこと。
私がダブりー。
ババプロ、全つっぱ。で、字牌を二つ鳴いて、、、、

小四喜をつもりやがった…
全自動なので、さすがに積み込みではなく、横はサクラではない。というか僕の友人。
さすがだね。

でも、よくよく考えたら、こんなところで運を使ってる場合じゃないんじゃない?プロなんだから本職のほうが。。。

でも、おかげで、あの分厚い唇が僕の記憶に永遠に残ってます。
それもプロの道?



もちろん、桜井章一の店にも通った。
小田急沿線のはるか遠い街に雀鬼様の1号店が開店した。当時は、雀鬼というよりも、片山まさゆきのマンガに出てくる「桜田門外」という冗談キャラ的に認識されることが多かった気がするが、。

桜井章一の「フィールド支配」は有名。
『場を平たくする』がキーワード。
でも、これはその後、雀鬼会が活動を始めてから公表されてきたことで、1号店が開店した頃は、そんなことは全然知らない。たぶん、みんな知らない。

私がラス目のときのリーチ。
まさかの桜井章一さまが振り込んだ。高めの一萬でメンピンイッツー。
しかし、これが「フィールド支配」なんだな、と10年後くらいに気がついた。

でも俺って「雀鬼から満貫あがった男」


学生時代に主にホームにしていたのは、巣鴨の雀荘。
北口のまんじゅう屋から20mくらいのところにある雀荘で、最初の名前は「アルファ」といったが、その後、僕の知る限りで2回経営者が代わっている。今はないかも。
学生時代は体力の限界に挑戦して、40荘連続したこともあるが、

「それのどこが偉いの?」

と同卓したオヤジから言われて、目が覚めた。
勝率が4割にも届かない身分では、何も偉くない。
勝ったり、負けたり、負けたり、では全然偉くない。

そんなわけで、経験豊富なオヤジと、タバコの煙に鍛えられた、あの頃、
真夜中に山手線2駅ぶんを散歩代わりに歩いて帰るのが、意外と楽しかった。たとえ500円でもプラスだと、なんだか偉くなった気がするんだよね。



大学の同級生とも、もちろん麻雀をする。
御存知の通り、私の大学は名門大学だが、それでもメンツは充分に足りる。大集合の号令をかけると8人くらいは簡単に集まってくる。
ただ、やはり精鋭メンバーは3人にしぼられる。

3人?

大学の同級生同士ではサンマが主流だった。4人いても「2抜け」でサンマをする。
萬子(ワンズ)の2から8をのぞいて、あとは普通に手作り。北は常時ドラ。手の中で使ってもいいし、花牌としてもいい。当然、ピンフ三色はない。というか染め手ばかりになる。チンイツ連発。
符計算はなし。全て30符換算。和了は1000点単位になるので100点棒は使わない。1本場は単純に1000点加算。
ロンなら正規の点数をもらえるが、自模の場合は一人分点数が少ない。でも本場が増えればツモのほうが得にもなる。
飛んだら、飛ばした直接の人にチップ10枚。役萬はツモなら二人から10枚ずつ、ロンなら振り込んだ人から10枚。
四人麻雀よりも運に左右され、1荘が早く終わり、動く数字も大きいのでギャンブル性が高い。

大学前の雀荘では、僕たちを見ると店主さんが即座にサンマ用にセットしてくれる。(全自動でも、適当な牌を抜くだけで簡単にサンマができる。)

「学校に行くよりも雀荘に行くほうが多い」
そんなの当然だよね。みんなそうでしょ?
ちなみに、
「学校よりも、雀荘よりも、メーヤウに行くほうがもっと多い」
メーヤウとは有名なカレー専門店です。(過去ブログに登場)


当時の精鋭3人。
といっても、うまい、のではなく「いつもの3人」「最後に残る3人」は、
僕とコージ君とケンジ君。
コージ君はサッカー部のキャプテンで女好き。「○○にフラれたぁ」が口癖。
とてもじゃないが、キャプテンシーボーナスがあるとは思えない。
ケンジ君は吹奏楽部。麻雀が大好きで仕方ないくせに部活の練習も多忙。
吹奏楽の練習中に呼び出しをかけると、喜んでやってくるが、、、、残された吹奏楽仲間から非難轟々。オーケストラだから当然だが、非難の矛先はもちろん僕。
それは違うよ、ケンジのほうが麻雀大好きなんだから。自分から喜んでやってくるんだから。

学生時代は全てが挑戦。一度、30時間耐久麻雀をやってみた。麻雀自体は楽しく終わったが、その後、疲れて眠ると、、、

夕方6時ころに眠ったはずなのに、起きたらまだ夕方6時だった。
24時間眠り続けた!
その間、一度も目が覚めることなく、水も飲まずにトイレにも行かずに。
そんなことが医学的に可能であるという実験になった。

ケンジ君もコージ君も現在、僕と同業で活躍中。
30時間麻雀で体力を鍛えたので、12時間のオペくらいどうってこともないらしい。




1990年代なかば。
大学を卒業するとき、麻雀のプロテストを受けてみた。
今も麻雀は日陰だけど、当時ももっと思いっきり日陰の時代。
一般公募するプロの団体は1つしかなかったと思うが、その団体の構成員は全部で50人くらいと記憶。合格数名程度のテストに集まった受験者も40人くらいだった。
確率的には、大学受験のほうが圧倒的にむずかしい。
が、もちろん合格しようなんて虫のいいことは考えていない。実力が足りるわけないことくらい自覚している。
それでも、一応、記念受験以上の気持ちで吉祥寺の試験会場へ。

1次試験は筆記と面接。2次試験が実技。
筆記試験では、
「解答が複数存在する質問はない」とどこぞの掲示板みたい。
いわゆる『何切る』的な問題はない。

何待ち?とか点数計算とか、正解が1つしかなく誰でも当然答えられる問題。

麻雀以外に「一般常識」も。
『英訳しなさい。「私の名前はタローです」』
麻雀だけで生活している人を除外するためでしょうか。

『大韓航空機爆破事件の犯人とされている女性の名前を漢字で答えなさい』
これは答えられなかった。「キムヒョンヒ」が漢字で書けない。。。

で、予想通りに1次試験で不合格。実技試験を受けても恥ずかしいだけだったろうから、これでいいよ。



ということで、フマジメに大学を卒業して、マジメな社会人へのレールに乗った。マジメな社会人には、当たり前のように激務が待っていた。
仕事で強要されたポケベル生活。
携帯電話がやっと開発され始めた時代なので、まだ携帯1台8万、さらに新規契約料が8万、通話料が1分100円。こんなの持っている人は滅多にいない。
ポケベルなら月5000円の契約料。

ポケベルは24時間おかまいなしに鳴ってくれる。もちろん仕事の呼び出し。
睡眠中に鳴るくらいなら構わないが、
リーチ中に鳴るのは非常に困る。
「ピンチ」を頼んで電話に行くタイミングなんて、なかなかない。

雀荘に通う回数は自然に減少していった。




1990年代も後半。もうすぐ21世紀というころ。
ギャル雀が増殖した。
私の理解では、水道橋の「ピーチは桃」が先駆者?
その後、池袋へ2号店を出して、そちらがメインになっていった。ちなみに、「リーチはツモ」をもじって店名にしている。
他には高田馬場の「ポリエステル…」なんてのが超有名店。
若者を誘い込むためにテンゴやテンニ。

ただ、、、個人的にはあまり乗り気にはなれない。
レートは構わないが、
綺麗な「ギャルメンバー」さんは、
ツモッてから、20秒くらい考えて、理牌しなおして、
「えーっと、リーチ?(^^)にこっ」

殴ったろか!

そのぶん、ぬるいメンツが集まるから、、、、、、、
ぬるいメンツも同じような輩だから、ストレスはマシマシ。
メイドと一緒。好きな人は行けばいい。麻雀経済を活性化していることは間違いないので存在自体は大賛成。

同じころ、フリー雀荘のバリエーションも増えた。ピンの東風なんて店が雑誌に宣伝をするようになった。動く金額からすると、大々的な宣伝はちょっと危険な気がするが、
東風のフリーはおもしろい。1000点の価値が違ってくる。でもピンはちょっと恐い。1時間で3,4万なんてこともある。



現在(平成24年)。
もう数年、麻雀なんてやってない。池袋の信長麻雀オフが最後だ。
さすがに時間がない。WCCFなら1時間でも楽しめるが、麻雀は何時間も必要だから。
マトリクスから歩いていける距離に「地元民用」のフリーがあるんだけど…
見てるだけー。


以上、作文「わたしと麻雀」でした。


あんた、背中がすすけてるぜ


御無礼


ヅガーーーーーーン



♪花をめしーませーーー、めしまーせ、はーなーをーーー、
あなた、恋しーいーーー、はなうーーり、むーすーめー♪


死んだら負けだ。負けた奴はハダカになる。
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by akogarehotel | 2012-02-25 12:39 | ただの日常日記 | Comments(5)  

Commented by 小マンフレ at 2012-02-25 15:02 x
実にオモシロかったです。

自分は今でも麻雀をたまに会社のメンバーやら取引先の方とやっていますが、なかなか機会が無く年に数回程度です。

もっぱら麻雀格闘倶楽部のプレイが主なんですが、全く金が関わらない麻雀だと相手もそうですが自分も打ち方がいい加減になってしまいます。

バイト台を奪いあっていた高校生の頃の麻雀が一番真剣に考えて打っていた様に感じますよ。

当時の愛読書は別冊近代麻雀でしたよねw
Commented by akogarehotel at 2012-02-26 14:54
マンフレさん

ありがとうございます。

全く同感です。
負けても恥ずかしくない環境での麻雀はつまらないですね。
(WTも??)
東風戦を流行させたネット麻雀は評価しますが、ゲーセンの麻雀は行列ができる理由が分からない。WCCFが満席なら手を出すかもですが。

近代麻雀は、(普通の)近代麻雀、近麻オリジナル、別冊近代麻雀の3つあって、それぞれ月1冊。3種類だから10日に1冊。発売日が待ち遠しかったです。なかでも片山まさゆきの連載があったオリジナルが一番人気でしょうか。
「根こそぎフランケン」の押川雲太郎は、かなり奥深いマンガを書くので大好きです。
Commented by at 2012-02-27 11:13 x
私も牌の音には行ったことがありますが、
さすがに桜井本人とは打ったことがないから
すごいね、あこがれさん
それに、私よりはるかにフリー経験豊富だとおもふ

私は最近めっきり打っていません
理由は、セットだと勝っちゃうから(笑)
やっぱり、学生時代にきっちりとした麻雀を
打っている人と打ってない人とでは
レベルも違うし、会話もちぐはぐになっちゃうよね
そもそも取引先と打っても勝っちゃいけないから・・・
Commented by akogarehotel at 2012-02-29 12:34
麻雀と競輪の話になると乗ってくるデュークさん、こんにちわ

いやいや、デュークさんの社会経験には、僕なんて足元というか靴底レベルです。麻雀以外の社会経験もね。

雀鬼さまは、牌の音の開店当初はそこそこ店に出ていたらしいよ。今にして思えば、楽しい思い出です。

ブログには登場しませんでしたが、高校時代の同級生でフリーをともに遊んだ友達が岡崎に住んでます。
やっと子供が成長したので、そっちへ遊びに行けないこともないのですが、、、一度お相手していただきたいですね。

(よくコメントをいただくマンフレさんも、そのお近くのはず)


ちなみに、今年も前橋ではG1が開催されます。(9月に?)

Commented by akogarehotel at 2012-02-29 12:37
と思ったら、、、

4月27日から30日
名古屋競輪場にて共同通信社杯!


え?どうする?
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