1983. 休学旅行 平成29年1月7日(土)

休学旅行 平成29年1月7日(土)



みねさんに触発されて、あの頃のことを思い出す。


その前に、

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………



大学受験を前にして、僕と両親の会話。


両親 『 医学部以外へ合格しても学費は払わない。 』

私 「 わかりました。 」


両親 『 現役で合格して、留年せずに卒業したら、そのとき1年間遊べばいい。 』

私 「 わかりました。 」



………



親のスネはかじるためにある。

実は、農学部志望(理IIか北海道)だった私は、あっさりと医学部受験。


まぐれで現役合格して、奇跡的に留年せずに、5年生になった。

医学部は6年制だが、私の大学では、5年から6年への壁はない。全員が進級できる。また、卒業試験もない。全員が卒業できる。

5年生になった時点で卒業が決定。



さぁ、約束を守ってもらおう。

 「 1年間、遊ばせろ 」

と、両親に言ったら、予想通りの

 『 そんなことを言った覚えはない。 』


もうスネをかじらなくてもいいので、そんな言葉は無視する。

翌日、大学の学生部へ休学届けを提出しに行った。

すると、これは予想外の「ちょっと待ったコール」。


まさか学校側が休学に対して文句を言うとは思わなかった。学費を払いながら、学校に行かないのだから、学校丸儲けじゃん?と想像していた若かりし自分。

休学は学校評価に対してマイナスのようだ。


学生部から教務へ連れて行かれ、偉い人から将来の希望入局先を聞かれた。

 「 法医学です。 」


当時の法医学助教授が前橋高校の先輩で、その先生のところに学生時代から何度も遊びに行き、一緒に都内の警察署も巡回したり、死体の解剖もお付き合いしていた。(お手伝いではなく、お付き合い。)


教務の人 『 では法医学教授の意見を聞きに行こう。 』

ということで、法医学教授室へ連行された。


当時の教授は柳田先生という有名人。日本の法医学界ツートップのうちの一人。

 (著書「死に方がわからない」。法医学の人って、みんな本を書きたがるんです。)

ただし、肩書きに比べると、ものすごーーく温和な人。常に目を閉じて笑顔。


教授 『 休学なんかしないで、一年でも早く仕事を始めてください。 』


利害関係しか尊重しない私。

将来の上司に言われたら、2秒で返事。

 「 御意 」



………



こうして、あっさりと日本一周の夢は潰えて、残ったものは、

・放浪欲

・法医学へのわだかまり

・旅行用の貯金



その放浪欲が、現在の自転車一人旅になっているわけですが、

貯金は、6年生のあいだに、フリー雀荘に寄付してきた。


で、結局のところ、法医学には入局せず、内科に入ってしまったので、


 休学しておけばよかった!

と今でも後悔中。



………



(まだ続くよ)


休学旅行の目的は、世界を見ること。

自分の知らない現実が、世の中にはたくさんあるはずだよ。

国内なら休学しなくても旅行はできる。

6年生のときに一日だけ、「旅行」した。



行き先は、将来、もっとも住んでみたかった町。

…越後湯沢


苗場、石内、神立など上越スキーエリアの中心にある町。

当時、上越新幹線が開通してから5,6年。ガーラ湯沢駅が新設され、まさにスノーリゾートの中心地となりつつある(はずだった)町。

スキーをしながら、テキトーに仕事する人生って、幸せだよなー。

とおバカ大学生な私は、甘く考えていた。



その昔の越後湯沢。

小学生のころ、親に連れられて何度も来たときは、家族連れでにぎわっていた。

高校のとき、中学の同級生とスキーに来たときも、大混雑の繁華街だった。

大学1年のとき、高校の同級生とスキーに来たときも、まさにリゾート地だった。



しかし、大学6年のこのとき。もう雪が消えた5月の平日の越後湯沢駅。


まるで何もない。

いや、建物はある。でも人影がない。誰もいない。

1時間ほど、あてもなく散歩した。上越線の線路から国道17号界隈を。

なんども来たことのある、よく知った町だが、それは街路区画だけ。

こんなにさびしい雰囲気は初めてだった。


過疎とか、言葉はどうでもいい。

町は変わる、世の中は変わっていく、そんな風に感じていた気がする。



交番で暇そうにしている警察さんに尋ねてみた。

私 「 このあたりに塾はありますか? 」

巡査さん 『 そんなものないねぇ、この町には。 』



2,3時間の滞在で、笹団子だけ買って、東京へ日帰り。

これが私の「休学旅行」でした。

わずかながらも、知らなかった現実を見ることができて、今でも役に立っていると思います。

「旅行」は大事だよ。





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by akogarehotel | 2017-01-07 13:50 | あちこち旅行記 | Comments(4)  

Commented by マサノリ・ツキノ at 2017-01-07 16:06 x
なるほど・・・それで「1年間休学」にこだわったと。
しかし、世の中ってままならない事が多すぎますよね。

でももしあこがれさんが休学して、世界を見て回ってたら
恐らく海外でお医者さんをやってた気がする。
そしたら出会えてなかっただろうなぁ。
海外にi信長無かったろうし。
(私的に)大学に感謝(笑)
Commented by はるかな at 2017-01-07 17:18 x
あこがれさんに、肺炎のとき、もう若くないですよ。と書いてしまったのですが、◯十年前の出来事がなんと鮮明な‼「法医学教室の午後」という単語が飛び出してきました。まあどうでもいいですね。
自転車一人旅が出来るよう、骨折治療中を忘れないでください。

Commented by akogarehotel at 2017-01-07 22:26
ツキノさん

よくわかってますね、そのとおり!
もしも独身だったら、アフリカかアジアに行っちゃいます。

僕とツキノさんの出会いはキセキですからね。
ま、みんな、そうですけど。一番は蓮さんか。(孟徳杯の巻き込まれ。)

Commented by akogarehotel at 2017-01-07 22:27
はるかなさん

意外と骨折が痛いです。
ローラーでハンドルを引けないから、回転数が出せません。

って、ローラーに乗っちゃいけないのかも。
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