【第1章】ウズベキスタン前編

【第1章】
ウズベキスタン前編

1:自由旅行

  自由旅行って分かりますか?
  旅行といえば、自由旅行か、ツアー旅行(主催旅行)。
  ツアー旅行とは、旅行会社が主催計画し、日本を出てから帰るまでの交通手段・宿泊・観光場所など、何から何まで準備してくれる旅行のこと。
  一方、自由旅行は、往復の飛行機チケットだけを購入して旅行に出発。現地の交通手段・宿泊・観光場所は、現地調達。着いたところで、自分で探して、自分で交渉。探して交渉するには、当然、ことばが必要。だから、「ことばが不安な人はツアー。ことばに自身がある人は自由旅行」と思うかもしれないけど、、、、全然、そんなことはない。はっきり言って、「元気な人は自由旅行、そうでない人はツアー」。ちょっと、誤解があるかもしれませんが、ツアー旅行なんて、定年後の楽しみで旅行する人たちで充分。
  ツアー旅行には、「安全」とか「計画性」とか「添乗員」とか、頼れるものがたくさんついてくる。でも、自由旅行には、ツアーでは感じられない、見られないものが、とてつもなくたくさんあります。レストラン以外の所で食事をしたり、ホテル以外のところで寝たり、おなじ観光場所に2度行ったり、現地の人とホンネで会話したり、現地の人と喧嘩したり、疲れたところで昼寝したり、道に迷ったり、タクシーにぼったくられたり、命の危険を感じたり、食中毒になったり、野性に戻ったり、生きることの大変さを知ったり、、、、などなど。
  いわゆる「若いうちにできること」、それが自由旅行。いつまでが、「若いうち」かは、あえて定義しませんが。


2:あこがれの軌跡

  モロッコ、ミャンマー、再びモロッコ、カンボジア、ウズベキスタン

  あこがれの軌跡です。基本的に、すべて自由旅行です。しかも、1回目のモロッコは、なんと「新婚旅行」なんです。
  Gパン、Tシャツにノッポさんの帽子。それに子供くらいの大きさのリュックサックを背負った汚い男女ふたり。手ぬぐいで汗拭きながら、黙々と歩いていると、とても新婚旅行とは思えませんね。まあ、海外でなら、こんな格好でもまわりに溶け込めますが、日本だとちょっと恥ずかしい。ほこりまみれと汗まみれで、成田からの帰りに、上野で乗り換えるのに勇気が必要です。(ちなみに、これらはあこがれ本人の趣味ではなく、あこがれ大奥の趣向です。)
  で、その初めての自由旅行、かつ、新婚旅行はというと。
  文明を、「ちょっと」はなれた、「全手動」の生活。朝一番に、新婚旅行先ですることが、お互いの下着を宿の共同洗面所で手動洗濯することだったりします。部屋のドアに鍵をかければ、人間は入ってこないけど、隙間から虫がたくさん入ってくる。飛ぶ虫だけじゃなく、はう虫も。シャワーはちょろちょろしか出ない。お風呂なんて、ぜーったい、ありえない。だけど、現地の人にとっては、こんなこと当り前。
  彼ら、現地の人の生命力はものすごい。食べるため、生きるために、目を輝かせている。大人も、子供も。だって、そうじゃなければ自然淘汰されるから。。一所懸命生きているこの国の人々を見てると「日本て、なんて甘いんだろう」と感じますね。「楽しすぎ」(たのしすぎ、じゃなく、ラクしすぎ、)ってね。若いうちに、子供のうちに、海外行って、こういう世界もあるんだな、って感じてほしいです。いじめとか、引きこもりとか、そんな暇ないんですよ、こういう国の人々は。生きなきゃいけないんだから。

  その後の、人生観が大きく変わった旅行でした。
  では、次回は、やっとウズベキスタンへ。


3:ウズベキスタン入門

  ウズベキスタンって何?どこ?

    アフガニスタンの隣、
    最近、映画のロケ地になった、

  日本のみなさんには、そんなイメージでしょうか。これじゃ、ちょっとかわいそう。
  もうちょっと正確に言うと、
   以前のソ連の一部、今は独立して、ウズベキスタン共和国(首都タシケント)。隣のキルギス、カザフスタンなどとともに「中央アジア」と総称されます。世界地図では、中国の左、イラン・アフガニスタンの上、カスピ海の右、ロシアの左下にあり、シルクロードで行けば、中国の2,3こ向こう側。学校で習ったものなら、アラル海、アムダリア川、シルダリア川があり、周辺を天山山脈などの山で囲まれ、国土のほとんどが砂漠地帯。ただし、「砂漠」といっても、日本人が想像するような、一面砂だらけの砂漠(サハラ)ではなく、岩がゴロゴロした、「岩漠」です。
   どちらかというと途上国で、イスラム教が主流。ウズベク語、ロシア語が公用語。イチャン・カラ、ブハラなどのイスラム建築が世界遺産に指定されています。

  といったところが、本を読めば分かる、表面的なウズベキスタンです。

  では内面的には、、、
  昔のロシアだから、一見、社会主義風。空港などの公共の仕事をしている人は冷たく、警察も怖そうな人ばかり。物価は、当然安い。日本の10分の1から、100分の1くらいの感覚。観光客を「だまそうとする人々」は意外に少なく、「友好的な人」が多いのには、正直驚いた。(モロッコは「だまそうとする人」が多い)イスラム教の割には、肉、酒は自由で、女性も肌を隠さない。そういう意味では、たとえ、英語が通じなくても、自由旅行者にとっては、初級クラスの国です。

  ちなみに、旅行の目的は、世界遺産を見ることだけではないですからね。


4:ウズベキスタンへ!

  2003年9月17日~9月23日、 ウズベキスタン4泊7日
  関西空港から、ウズベキスタン(タシケント国際空港)へは週2便の直行便が運行されています。

  関西空港、夜9時30分。”最後の日本食”たまごうどんとカレーうどんを食べた我々二人は、空港受付へ。こんな時間に出発する便はほとんどないから、空港内は、ガラーーンとして、誰もいない。これから、未知の国へ旅立つふたりに哀愁を誘う。
 「ウズベキスタンへ行く人なんて、めったにいないから、どうせ飛行機も空(す)いてるよね。」ところが、機内は東京(羽田や成田)からの乗り継ぎ客で満員御礼。団体ツアー客がほとんどで、そのうち半分以上が、ウズベキスタン乗換えのトルコ行きツアー。別に、空いてても、席が広くなるわけじゃないけど、団体は、おばちゃんが多いから、うるさい。
  9時間、座ったままのフライトで、ウズベキ(タシケント国際空港)へ到着。現地時間は早朝5時(日本時間9時)、当然、まだ真っ暗。面倒な手続きを、やっと終えて、空港出口へ来てみると、、、、。
  もう一度言うけど、現地は朝5時、日の出まで1時間半、あたりは真っ暗闇。
  そんな時間に、空港出口は、人人人、、、。現地の出迎えの人人人。
  まるで、ベッカムを出迎えた時の成田空港のように、日本人旅行者をあやしいウズベキ人が出迎える。これが、自由旅行名物の「お出迎え」。そう、彼らの標的は、僕たちなんです。
 「ホテル決ってるか?予約してやろう」とか、「タクシーいるか」とか、「両替してやろう」とか、真っ暗な空港出口で、よくも、これだけ賑やかなもんだ。当然、こういう人たちの世話になることは、遠慮したい。なぜなら、彼らは高額な、といっても日本人にとってはたいしたことないけど、高額な手数料をふっかけてくるから。彼らも、生きるためにやっていることだから、仕方ないんだけど。
 「このまま、国内線の飛行機に乗り換えるから、ホテルもタクシーもいらない。」
と、言って断ると、
 「国内線の空港は、ここから15分かかる。タクシーで行ったほうがいい。」
と、あたかも親切そうに答える。本当?そんな話、聞いてないよ。(日本のように、国際空港と国内空港が遠く離れていることはあるけど、、、ウズベキごときで??)
  おかしいと思えば、自分で確かめよう。真っ暗闇の中、500mくらい向こうに、光が見える。何かの建物?テクテク歩いて行ってみれば、
   タシケント エアロポールト
なんだ、あるじゃん、こんな近くに。歩いて5分、車で2分、うさぎ跳びなら15分かかるかもな。「お出迎え」の現地人に愛想笑いしながら、国内線用空港に歩いて向かう、あこがれ一行でした。空港に着いたろころで、1節終わっちゃった。


5:ウズベキ空軍

  夜明けのウズベキスタン(タシケント)で、国内線空港にたどり着いたあこがれ。ここから、ウルゲンチ行きの飛行機に乗り換える。
  ウルゲンチは、世界遺産の街・ヒヴァの玄関町。数人の(正確には8人の)日本人旅行者が同じように乗り換える。搭乗待ち合いでは、お客は、日本人8人と、数人の外国人。合計30人くらい。
 「今度こそ、飛行機、空(す)いてるよね。」
  あくまでも、飛行機は空いているほうがいい、と主張するあこがれ一家。
  ところが、、、、

  みなさんは、戦争映画で落下傘部隊を輸送するような飛行機を想像できますか?歩兵が30人くらい乗れば満員になるような、小さな飛行機。出口は一ヶ所。飛行機のおしりのところ、尾翼の真下が口を開けるように開き、そこから、頭をこごめて、一人ずつ、やっと出入りする。セスナより、一回り大きいくらい。日本の観光バスのほうが、絶対に大きい。外見だけなら、遊園地の飛行機?
  そんな、こじんまりした飛行機が、我々を待ってました。内部は、うすっぺらい背もたれのイスが並び、定員32人。当然、満員でぎゅうぎゅう詰め。
  これ、飛ぶの?乗ってた日本人が、全員、そう思ったはず。
  とりあえず、無事に飛んで、無事に着陸したわけだけど、小さい飛行機のほうが離着陸が揺れないんですね。離陸なんて、車が坂道登ってる感覚で、いつのまにか空の上だった。ただし、気流の揺れは「分解しちゃうんじゃない?」って感じでしたが。

  約2時間の、ふらふら飛行のすえ、現地時間で朝9時、ウルゲンチ空港に到着しました。そろそろ、日差しが強くなる時間です。


6:熱烈歓迎!

 日差しが、そろそろ厳しくなってきた午前9時、ウルゲンチ空港に降り立ったあこがれ一行を、こちらでも、予想通りに、たくさんの地元の方々が「お出迎え」をしてくれる。

  「どこ行くんだ。」「タクシーいらないか。」
  「ホテルは決まってるか?」「両替必要だろ。」

 もし、これらの「出迎え」の方々にお世話になるには、どのようにしたらいいか?
 バスや電車などの公共交通機関がある街なんて少ないから、移動には、どうしてもタクシーを使わざるをえない。なので、「タクシーいらないか」の声の主、この人が運転手なんだけど、この人と交渉を始める。そもそも、メーター付きタクシーなんて皆無だから、出発する前に、行き先と値段を確認する必要がある。紙に、「○○ホテル、いくら?(もちろん、ロシア語で書く。ハウマッチ?はロシア語では、スコーリカ?)」と書いて見せる。すると、タクシー運転手は、携帯電話を、ピッピッピ、と押して、こちらに見せる。「10」と書いてある。携帯電話を、メモや計算機の代わりに使ってる。「10」は、10ドル、の意味。これが、高いと思えば、値下げ交渉となるが、どんな距離でも、通常、1~5ドルくらいで落ち着く。つまり、交渉して安くなる金額は、せいぜい数百円である。しかし、数百円で1ヶ月食べられるウズベキスタンでは、彼らは本気である。あんまり、値切るのは、ちょっとかわいそう。ちなみに、タクシーが目的地に着いて、交渉額以上の金額を請求されることは、稀。(ないことは、ない。)彼ら(ウズベキ人)も、結構、善人です。しかし、行き先のホテルを告げるときに、高級ホテルの名前を言ってはいけない、なんてのは常識ですね。
 では、「ホテル決まってるか?予約してやろう。」の人に世話になるか?これは、あまり好ましくない。うそでもいいから、「ホテルはもう予約してある。」と言わないといけない。断りきれずに、ホテルを紹介してもらうと、不要な紹介料を請求される。といっても、せいぜい10ドル程度だけど。ホテルは「地球の歩き方」に載ってるから、自分で探そう。
 じゃあ、「両替してやろう」はどうする?これは論外。不思議と高レートで両替してくれるので、儲けた、なんて思ってはいけない。旧ソ連地域では、銀行以外の両替はご法度。おとり捜査もしているらしいから、こういう申し出は丁重にお断りしましょう。

 ということで、ウルゲンチ空港から、タクシーで30分。
 世界遺産の街、ヒヴァへ向かいます。


7:世界遺産の街、ヒヴァ

  周辺を砂漠に囲まれながら、アムダリア川のオアシスに、シルクロード上の交易地として発展した街、ヒヴァ。ヒヴァがもっとも繁栄したのは、17世紀。日本では徳川幕府初期(信長時代後半)。チンギス・ハーン(ジンギスカン)の血を引く、イルバルスという王が建てたヒヴァハーンという国、その首都がヒヴァである。ヒヴァの町には、当時の宮殿、寺院(20)、塔(6)、学校(20)などが、周囲6kmの城壁の内側に、ぎっしりと詰め込まれている。城壁の高さは、10メートル弱。正方形の街には、東西南北の4ヶ所に門が開けられている。イスラム教の建物は、豪華なタイルがふんだんに使われているが、一方、人々の住居は、砂漠らしく、土でできている?かのように、みすぼらしい黄土色の塗り壁であり、土ぼこりが風に舞っている。女性は、体をすっぽり隠す、真っ黒い、イスラム系の民族衣装。男性は、黒い口ひげと、四角い帽子。暇そうに、道端に座っている人がたくさんいる。ヒヴァの街には、軍人、警察官はほとんどいない。ロシア、ヨーロッパからの団体観光客が、ちらほら。

  というのが、日本にいて、本を読めば分かるヒヴァのこと。ちなみに、「地球の歩き方、シルクロード」の表紙の絵はヒヴァ。解説は12ページに及ぶ。
  では、観光。
  ガイドブック片手に、一つ目のメドレセ(イスラム神学校)へ。「ムハンマド・ナンタラ・カンタラ・メドレセ。18XX年ころ建設、、、うんぬん。」ふーーん。
  では、次へ。「シェル・ナントカ・ハーン・メドレセ。16XX年の建設。奴隷が、、どうのこうの。」へぇーー。
  では、さらに次へ。「アコガレ・ドンベエ・ハーン・メドレセ。20XX、開設、、???」

  ん?なんか、外見も、みーんな同じようで、違いがわからない。写真撮ったけど、まるで、間違い探しみたい。京都、奈良で、お寺回りしてる外国人も、こんな感じなのかな?別に、足利義満だとか、義政だとか、よくわかんないよ、ってね。
  モスクモスクモスクミナレットミナレット、そして、またモスクモスクモスクメドレセメドレセメドレセ、、、、、、。(モスクは寺院、ミナレットは塔、メドレセは宗教学校)こうして、ヒヴァ観光の1日目が終わります。ツアー旅行なら、これでおしまい。こっから先が、自由旅行のお楽しみ。

  断っておきますが、イスラム建築の遺跡は、とてもきれいで、荘厳な雰囲気のあるすばらしい建物です。本当に。


8:ヒヴァの自由旅行

  自由旅行で、街に着いて、最初にするのはホテル探しです。お目当てのホテルへ行って、値段を聞いて、部屋を見て。納得すれば、お金を払う。ポイントは、当然、トイレ洗面が固有か共同か。きれいか、汚いか、我慢できるか。お湯シャワーが出るか、など。トイレと洗面は共同で、シャワーは水だけ、なんてのも、ザラ。「お湯が出る」って言われても、出ないこともあるから、自分で確かめる必要がある。ちなみに、電話つき、というのは滅多にない。
  ということで、ヒヴァの宿は、、、、、
        「ロリータホテル」
  、、、、え?AVの題名じゃないんだからさ。どういう意味?小さくて、きれいなホテル?それとも別に意味があるのか?つづりはLOLITAでした。部屋は割と広く、ベットが3つあっても狭く感じない。トイレ、洗面、湯シャワーつき、朝食2人分を含めて、1泊(1部屋)が40ドル、4500円。1泊10~20ドルが主流の自由旅行としては、いい値段してます。まあ、部屋もきれいだし、朝食だって、パン(ナンといいます。インドカレーのナンとはちょっと違う。後日説明。)に、マーガリン、ジャム、バター、チーズがついて。(いったい、どれだけ付ければ気が済むのか。)さらに、目玉焼き、これは砂漠ではめずらしい。そして、食後のコーヒー。こんな、豪華な朝食は、なかなかお目にかかれません。シャワーのお湯が少ししか出なくて、一人が終わると、次の人が使えるようになるまで、しばらく待たないといけないけど、これくらいは、当たり前だから、許しましょう。4500円相当の宿でした。

  さて、昼食と夕食は?
  そう言えば、ホテルの1階に「レストラン」って看板がかかってる。だけど、時間になっても真っ暗のまま。「最近は営業していない。ホテルの外で食べてきてくれ。」だって。午後7時、砂漠の夜は真っ暗で、(夏なのに)外は寒く、気温15度。はて、さて。。。


9:ヒヴァの食の事情

  自由旅行者たるもの、自分のは自分で探す。
  レストランつきのホテルに泊まることなんて、ほとんどない。というか、レストラン付きのホテルなんて、一部の高級ホテル以外には、ありえない。だから、ロリータホテルで、レストラン付きって宣伝してあるくせに、営業してなくても、どちらかというと、予想通り。ということで、食糧調達のために、街へ出る。
  観光の町、ヒヴァには、数軒のチャイハナがある。チャイハナとは、ウズベキスタンでは、食事のできる喫茶店、という意味。ロリータホテルの裏口前に、一軒のチャイハナがある。名前などない。ただ、「チャイハナ」という看板がかかっているだけ。前を通りかかる旅行者に、気の弱そうな20代のにいちゃんが、「ヘイ、チャイ?チャイ?ウェルカム」と手招きする。通訳すると「お茶でもどうだい。よってかないかい?」の意味。店の前では、得体の知れない肉を焼き、香ばしい匂いが客を誘う。ちなみに、チャイとは、西アジア近辺では、いわゆるお茶のこと。ブラックチャイが紅茶、グリーンチャイがお茶。

  初日の昼食、ウズベキスタンで最初の食事。まずは、ここらで運試し。レンガ作りの建物の中庭がチャイハナ。つまり、屋外。木製の桟敷席に靴を脱いで座る。6人用の大きいテーブルで、頭上には、つる草で覆われた網棚が日差しをさえぎる。結構、居心地がいい。靴を脱ぐ、ってのは外国ではめずらしい。
  「メニューありますか?」 「ありません」
  予想通りの答。一応、確認しただけ。
  「何が食べられるの?」
  「サラダ、スープ、シャシリキ、フィッシュ、チキン」 以上!
 シャシリキとは、ケバブ、あるいはシシカバブと同じもの。ジャンボサイズの焼き鳥。フィッシュ、チキン、スープ、、、いちいち、どんな料理か訊いてたら、日が暮れる。出てきたものを食べるしかない。
  「ツー シャシリキ、チキン、スープ、ナン、チャイ、コーラ」(原文のまま)
 わずかな英語のみ通じる。丁寧語にするためには、にっこり笑えばいい、多分。

  ただし、注文をこれで終わりにしてはいけない。最後に値段の確認をすることが重要。金額を確認しておかないと、食後にとんでもない額を請求してくる悪意のある店も多い。
  「スコーリカ?(=ハウマッチ?)」 「7000(スム)」
  7000スムは約700円高い!日本人用の値段に間違いないが、それでも高い。まぁ、こぎれいな店だし、仕方ないか。
  で、出てきた700円分の食事は。
  スープ(どんぶり)、ナン(Mサイズのピザくらいのパン)、シャシリキ(4cm角の肉が4つ刺さった焼き鳥、2本)、チキン(太もも1本、そのまま煮込み)、チャイ(ポットいっぱい)、コーラ(ペットボトル1リットル)。訂正します。高くなかったです。食べきるわけないよ、こんなに。コーラをボトルで出すか、普通。


10:ヒヴァの食の事情、その2

  異国の地で、日本人旅行者と出会うことがある。小汚い日本人度同士、会話がはずむ。
 「そこの通りのチャイハナは、頼んでもいないのに、フルーツやらサラダやらたくさん出て来て、つまんでたらお金を取られた。」
  よくある話。せっかく教えてもらったので、そちらは遠慮しよう。

  で、初日の夕食、もう真っ暗な夜7時。今度は、ロリータホテルの正門側、はす向いにあるチャイハナへ。こちらの女主人は、艶っぽい未亡人(と勝手に想像してる)。松下由樹を、さらに細く、ひ弱に、きれいにした感じの若奥様。かわいそうだから、あれもこれも注文したくなる。でも、ここもメニューは同じ。
 「チキン、サラダ、スープ、シャシリキ、フィッシュ」 以上!
 「じゃぁ、フィッシュ以外全部
  さらに、夜だからビールも注文。ウズベキスタンでは、イスラム教なのに、お酒は自由。どこの店にも置いてある。《ウズベクビール、アルコール10%》ロシア系国家のお酒は、アルコール濃度で勝負するみたいです。1本2000スム(200円)、お酒は、地元の人にとっては、ちょっと高級品です。砂漠気候の日差しの下を一日じゅう歩き疲れ、涼しくなった夜に木陰で飲む一杯のビール。真昼の暑さがウソのように涼しくて気持ち良い。まさに「別世界」、当然か。あぁー、しわあせ。

  せっかくなので、もう一軒、すばらしいチャイハナの話。
  こちらは、地元の人であふれる市場(バザール)の入り口にある。これまでの2軒が、周囲を塀で囲い、静寂感を演出しているのに対し、こちらは、大勢のウズベキ人が行き交う大通りの角に面した屋外の店。屋外、というか、露天というか、歩道にテーブルとイスが置いてあるようなもの。テーブルの1メートル先は、市場へ出入りする人の波、と砂ほこりの風。大きな竃(かまど)の中で、なんか分からないが、いい臭いのものが焼かれている。パンかパイか、ピロシキか。おいしそうな一方、衛生面では全く不安。竃って洗ったの?しかし、これこそ、自由旅行。多少の下痢は我慢しよう。
  サモサ(ピロシキの変形したもの。中身不明。)とチャイ2人分。
  さて、値段は?なんと180スム(18円)!!
  これが、本来の値段(に近い)でしょう。これまでの店は、やっぱり高い。しかも、間違って、800スム払ったら、丁寧に返してくれた。こんなことないよ、普通。
  安いと分かると、「すごくおいしいねぇ」 となる律儀な二人でした。

  語り尽くせない食の事情を、最後に1つだけ。
  市場の中に、かなり生臭いにおいの漂う一角がある。日差しを浴びて、ハエが元気に飛交っている。怖いもの見たさに行ってみると、やっぱり怖かった。地面に敷かれた新聞紙の上に、魚が丸ごと、ドサドサ置いてある。どうやら魚市場らしい。口を開けて、白目をむいて、ちょっと血がにじんで、何より臭い。そんな深海魚のような魚を見ると、チャイハナの「フィッシュ」を遠慮して、正解!!


11:だって自由旅行でしょ

 「観光地じゃない所を観光したり、
  同じ観光地に何度も行ったり、
  地元の人とけんかしたり」

 
高さ10m弱の四角い城壁に囲まれた街、ヒヴァで、一番目立つものは何?寺院や塔?ではなくて、城壁そのもの。どこに行っても見えるから。
 「高いね。これって登れるのかな?城壁に開いている狭間(弓や鉄砲を撃つ窓)が見てみたいな」
  ちょっと戦国時代的な感情が涌いてくる。
 「登ってみるか」
  さすがに外側からは登れない。それじゃぁ、敵に攻められちゃうから。城壁の内側をクルクル歩いていると、上り口、というか上り坂を発見。カメラを壊さないように、ゆっくり登る。すんなり登れる。城壁の上の通路は、高さ6、7メートルくらい。2階の屋根よりちょっと高い程度だが、柵も何もないから、落ちようと思えば、簡単に落ちられる。眺めは、、、、?ま、こんなものか?民家が見えるだけ。でもね、言葉では表せないくらいの、満足感、征服感なんです。日本人初登頂!ってね、ひょっとして。
  城壁の上をてくてく歩く。狭間は三角やひし形で、やはり、どこの国も同じだ。1キロほど歩くと、行き止まり。一息ついて、もとの道を戻って来る。ただ、無駄に歩いただけなんだけど、これも、すごーーい満足感。東洋人初の足跡ってね。これが、自由旅行。

 クフナ・アルク(宮殿)。
  ここの屋上は、ヒヴァの中で、もっとも眺めの良いところ。朝日夕日を見るために、合計4回も通ってしまった。門番のおばさんに顔を覚えられたほど。あの東洋人また来たよ、ってね。ツアーなら、1回だけしか入れない。これも、自由旅行。

 イスラム・フッジャ・ミナレット(塔)。
  ヒヴァの中で、もっとも高い塔。じゃあ、もっとも見晴らしがいい?ではない。塔のてっぺんは、小さな窓が開いているだけで、開放感が全くない。窓の格子の隙間から外をのぞいても、あまり景色を堪能できない。
  というよりも、この塔は、あこがれ家では「ぼったくりの塔」と呼ぶ。
  まず、入り口に、どしんと構える太ったおばさん。
 「塔に登るんなら2000スム(200円)払いな。」
  相場より、明らかに高い入場料。しかも、払ったとたんに、あっという間にポケットへ隠す。絶対にあやしい。この料金所はニセモノか?一回り、塔を登って、下りてくると、当然、そこには、さっきのおばさん。
 「疲れただろうから、コーヒーでもどうぞ」って、手招きする。確かに、疲れていたので、値段も聞かずにコーヒーを飲む。完全に謀略にはまった。(智才発動された!)飲み終わって、「いくら?」と聞くと、奥で相談している。おいっ、相談して値段を決めるのかっ。で、相談の答えが、2000スム(200円)、一杯100円!日本の自動販売機と同じ値段?「ふざけるな」と、ロシア語では言えない。昨日の店の約20倍。めちゃくちゃ気分悪い。たかが、100円なのにね。

  これこそ、自由旅行。


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by akogarehotel | 2005-01-03 16:30 | あちこち旅行記 | Comments(0)  

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