【第3章】ウズベキスタン後編

【第3章】

22:サマルカンドへ(10月18日)
23:
がんばれ韓国自動車(10月19日)
24:
ウズベキスタン4時間耐久レース(10月20日)
25:
ホテル探しを手抜きすると、(10月21日)
26:
食糧調達ミス!(10月22日)
27:
陣取り合戦(10月23日)
28:
サマルカンドのベスト3、第3位(10月24日)
29:
サマルカンド、第2位(10月25日)
30:
そして、第1位(10月26日)
31:
バザールでゴザーーー(10月27日)
32:
ぜいたくホテル(10月28日)
33:
行列のできる、、、(10月29日)

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22:サマルカンドへ

  では、話はふたたびウズベキスタンへ。

  さて、世界遺産の町、ヒヴァには2泊でお別れ。飛行機で、首都タシケントへ戻ってきた。ここから、約300kmはなれたサマルカンドへ向かう。
  サマルカンドは、ウズベキスタン観光の代表地。いくつもの世界遺産級のイスラム寺院が林立し、観光客を集める。高級ホテルも数軒あり、ヨーロッパ、ロシア、日本からのツアー客が、冷房の効いた大型バスに乗って、多数押しかけて来る。その観光客をあてに、たくさんの地元民も集まり、街は人と活気であふれている。もちろん、自由旅行御用達の、安~中級クラスの宿も多く、さがし甲斐がある。しっかり探せば、安くてサービスのいい宿が、どこかに隠れている。

  本当のことを言うと、今回の旅で、僕らは”手抜き”をしました。ウズベキスタンにたった4泊しか滞在できなかったので、少しでも時間をムダにしないようにと、日本で宿を予約しておいたのです。残念ながら、「日本で予約できる」「割高」ということになりますが、「送迎つき」という条件が必要だったのです。「自由旅行者が旅をいそいじゃダメ」と言われますが、休暇が取れないんじゃ仕方がない。(本当は不満)

  で、「送迎つき」なんです。どこから?300kmはなれたタシケント空港からです。大陸に暮らしていると、ケタが違うんです。アフリカでもそうでした。200、300kmくらいのドライブなんて、「じゃぁ行こうか。」くらいの距離なんです。高速道路なしで、ですから、すごい。

  ということで、ヒヴァから飛行機に乗って、タシケント空港に到着。降り立った一行を、毎度おなじみになった、熱烈歓迎の出迎えをしてくれるタクシー屋、両替屋、ホテル屋の群れの中に、「Mr.○○○(僕らの名前)」の紙切れをかざしている小柄なおじさんを発見。近づいて握手する。この方が、送迎の運転手さん。お互いに共通言語がないから、ニッコリするだけで、言葉が出ない。旧ソ連では、「ハロー」は通じるけど「ハワユー」は通じない。当然、
 「How long does it take from here to Samarcand?」
 なんて文法を整えてもダメ。
 「How HOUR? Samarcand?」
 これで、全然OK。
 「300km、3 hours ,,,,,more,,」な感じの答が返ってくる。

  さあ、砂埃の中を、3時間で300kmのドライブが始まる。
  現在、AM11:00

23:がんばれ韓国自動車
  ウズベキスタンにも車が走ってます。ラクダばかりじゃありません、当然。(というか、ラクダのほうこそ、めったに見かけないんだけど、、)
  ウズベキスタンの車は、だいたい2通り
  頑丈で重くて燃費の悪そうなロシア車か、ちょっときれいで軽そうな韓国自動車(ダイウー)。韓国自動車は、事故に遭えば木っ端微塵だけど、燃費がいいから、圧倒的にシェアを伸ばしている。だから、新しい自動車は、ほとんどが韓国車。一方、ロシア車はほとんどが年式不明なほど古くて、日本に持って来たら、クラシックカーとして人気が出そうだ。僕らを迎えてくれた車も、こぎれいな韓国車だった。きれいではあるが、外見、中身とも、サニー、カローラクラスのようだ。

  タシケント空港を出発した我々は、すぐにはサマルカンドへ向かわずに、なぜか街中をうろうろとする。運転手さんが何かを探しているみたい。と、地元の人と砂埃でごったがえす一画で、車を停めて、降りて行ってしまった。なんだろう?と思っていると、ほどなく、40代くらいの陽気なロシア人を連れて戻ってきた。そして、そのロシア人もいっしょに車に乗り込んできた。
  初めてのときは、こういうのは結構こわい。自分のタクシーに、見知らぬ人が乗り込んでくるんだから。でも、このロシア人も乗客、つまり相乗り。せっかく、タシケントからサマルカンドまで、300kmもドライブするんだから、お客は満員にして、お金稼がなきゃ、っていうのが彼らにとっては、当然の考え。そして、相乗りについて、僕らに断る必要もない、ってのも、当然の考え方。所変われば、って感覚です。早く慣れましょう。
  ということで、後部座席に僕たちふたり、助手席に、でーんと構えてロシア人。言葉の通じる乗客が乗ったことで、運転手のストレスも減るから、僕たちにとってもちょっぴり歓迎です。
  そんなこんなで、車はサマルカンドへ向かう。
  タシケントの市街地を抜け出ると、そこは完璧な交通無法地帯。ウズベキスタンの国土は大部分が砂漠地帯だから、真っ直ぐな片側2車線の舗装道路が、地平線の彼方まで伸びている。ブレーキなんて必要ない。車は、あっという間に、限界速度まで加速する。韓国製のカローラもどきは、おそらくアクセルペダルが床にくっついてるだろうスピードで走っていく。風の音と、エンジンの音を、うるさく響かせながら、「300kmを3時間」というタイムリミットと戦うために。(誰も、戦って欲しいなんて言ってないんだけど。)

24:ウズベキスタン4時間耐久レース

  1時間も走ると、道は砂漠の中になる。
  砂漠といっても、アフリカの砂の砂漠とは違って、(アメリカのような)石や岩がごろごろした、岩っ原。まっすぐなアスファルト以外に、前にも後ろにも人工物は何も見えない。そんな道を、なぜか、歩いている人がいる。いったい、どこから来たのか、どこへ行くのか。あの地平線まで歩いていくのか?この辺に住んでいるのか。かなりの脚力があることには間違いない。
  運動能力なら、ドライバーも負けてはいない。
  ウズベキスタンの田舎道では、道路にのら牛、のら馬、のらヤギが飛び出してくる。本当の”のら”、つまり「野生」ではないけれど、誰かの家で飼っているのが、道にはみ出てくる。そんな、障害物のある道を、時速100kmで走っていても、瞬時に減速する。彼らの視力は、サンコンさんのように、5.0くらいあるはず。さらにいうなら、タイヤの性能もすごい。猛スピードの中で、多少の急ブレーキ、急ハンドルには、キーとも言わない。多分、世界一、安定したタイヤが使われているんだ、きっと。そう思わないと、こわくて乗ってられません。
  路肩で、故障したバスが停まっている。ボンネットを開けて、タイヤをはずしたり。これは、民営の長距離バス。自由旅行でも、予算を削ろうと思えば、利用することがある。しかし、こんなバスは、すべてが古くてオンボロ。故障しないのがおかしいくらい。300kmのドライブのあいだに、こんな故障中のバスを3台くらい見かけた。炎天下の中、外に出て待つ旅行者。ほとんどが地元民だけど、彼らって、本当に偉い。

  さて、タシケント空港を出発したのが、昼11時。つまり、昼食前。ノンストップドライブをしていれば、いつの間にか、正午になり、1時になり。昼食は?ツアーじゃなければ、いつもこんな感じです。食事確保は自分の責任。食べられないのは自分のせい。一応、こんなこともあるだろうと、タシケントまでの飛行機の中で、しっかり食べておいた。そして、水も買い込んで。もちろん、トイレも済ませて。ドライブの途中で休憩する、とか、乗客に気を使う、なんて習慣は、彼らにはあまりないみたいです。
  乾燥しきった岩砂漠の中を、時速100kmでびゅーびゅー飛ばす。強い日差しの中、クーラーなんて効くはずないから、窓は全開。顔中、鼻の穴まで、ほこりだらけ。
  そんなこんなで、ドライバーのすばらしい持久力のおかげで、300kmの道のりを、一回も休憩することなく、約4時間で走りぬけた。午後2時、サマルカンドへ到着。乗客もそうだけど、車自体も疲れきっていると思う。

25:ホテル探しを手抜きすると、

  日本から予約した宿は、幸運にも、10階建ての高級ホテルではなかった。そんな、どこにでもあるようなホテルに泊まったら、おもしろさ半減です。
  僕たちが予約した宿は、日本人になぜか有名な「フルカト」という、2階建て、部屋数15くらいの中級の宿でした。一泊1室、推定40ドル前後。ちょっと高い。しかし、宿に着いたら、お茶が出てきた。
 「頼んでないものは、食べちゃダメ」
  非常に怪しかったが、なんと、無料サービスだという。ぼったくり圏で、こんなことありえない。日本人のツボをおさえている。宿の主人が、なかなかヤリ手のようだった。その後も、顔をあわせるたびに、お茶を出してくれる。結構、うれしい。おいしい?かどうかは別。
  だが、昼食抜きでドライブして来たふたりには、お茶は余計に空腹を誘うだけ。こんなときに役立ったのが、リュックの底にしまってあった非常食「ビーフジャーキー」。ありがたい。どこに行っても重宝します。ロシアの、熱ーいお茶と、1,2枚のビーフジャーキーで、長いドライブの疲れが、少し消えた。

  部屋には、ユニークな調度品がいっぱい。
  「エアコンなし」のはずなのに、窓の上には新品のエアコンがあり、室外機にパイプも接続されて、リモコンまで置いてある。で、ためしにスイッチを押してみると、なるほど、動かない。電源が入っていない。というか、電源コード自体がない。「エアコンは設置したけど、動かさない」部屋らしい。なので、暑いときには、扇風機を使う。が、その扇風機がまたスゴイ。ブォンブォンいう音は許してやろう。問題は、「扇風機に囲いがない」こと。ロシアには製造物責任などの概念がないらしい。怖くて、近づけない。
  他にも「”中から”開かないトイレのドア」 …だから、半開きのままで入る。
  「スイッチのない電灯」 …飾りらしい。
  「動かない壁時計」 …これも飾りらしい。
  冷蔵庫の中には、「無炭酸コーラ」 …新品なのに、気が抜けている。
  「スパイシーなビール」 …賞味期限を忘れるくらい過ぎていて、発酵している?

  確かに、宿主は、なかなかヤリ手です。いろんな演出で、心に残る宿に仕上げてます。(まじめな話:朝食が豪華部屋が清潔、で値段には十分こたえてます。)

26:食糧調達ミス!

  お茶ならば、何リットルでも飲ませてくれる宿でも、食事は、朝食以外は提供しないと言う。ということで、3時頃、遅い昼食を探して、街へ出かけた。観光よりも、食糧調達が優先する、それが自由旅行。
  宿を出ると、歩いて1分。オープンカフェ風の大きなチャイハナ(食堂)を発見。白衣のウェイターさんが、忙しそうに立ち回り、僕らに気付くと、ニッコリと手招きする。空腹のため、考える暇もなく、とりあえず、ここに決定。

  屋外の広いテーブルにつくと、まず、ウェイターAがやって来た。
 「飲み物は?」
 「チャイ2つ」と答えた瞬間、ウェイターAは、奥へ入り、お茶の準備。すぐ入れ替わりに、ウェイターBが来る。Bに、食事メニューを聞く。さすがサマルカンド、いろんなものがある。
 「じゃぁ、プロフ、ラグマンをひとつずつお願い。」
  プロフはピラフみたいなもの。ラグマンは、イスラム風うどん。で、最後に値段の確認。その時点では、すでにチャイが運ばれているので、それらを指して「全部でいくら?」と訊いた。ウェイターBが「2800スム(280円)」と答える。まぁまぁ、かな。で、ウェイターBが中に戻ると、ウェイターAがやって来る。「チャイ代金の2000スム(200円)払え」って。え?だって、さっきBさんに聞いて、全部で2800って言われたよ。
  彼らには、そんな理屈は通じないらしい。AとBは別会計だという。は、お茶を持ってきたから、お茶代2000スム。は、じゃぁ、お茶代引いて2500スム、を払え、だって。合計4500スム(450円)。

  セコイというか、アホらしいというか。彼らは、常連客を作るより、一見(いちげん)さんから、取れるだけ取ってしまおう、というポリシーのようだ。たった、100円、200円の問題なんだけど、やっぱり、くやしい。
  ちなみに、この店は、有名なレギスタン広場の近くにある、看板に「Chorso」と書いてある店。「ぼったくられるので注意」と、某サイトのウズベキスタン攻略法掲示板に書いてあるんだとか。そんなサイトがあるんだ?

  食事の話を追加。
  プロフ、ラグマンは、一応、中央アジアの名物らしい。プロフは、ピラフのような米料理だが、ちょっと固い。味付けはおいしいのに、米の炊き方が、ヘタなようだ。ラグマンは、うどんのような、きしめんのような、カップラーメンのような、、。スープの味と匂いは、日本人好みかな。気に入りました。ちなみに、ホークで食べなきゃいけないのが、むずかしい。

27:陣取り合戦

  観光名所のお話も少しだけ。サマルカンドには、ヒヴァ以上に、イスラム建築の寺院、神学校が数多く残され、観光名所となっています。レギスタン広場、グリアミール、ビビハニムなどが有名(後述)。で、これらの観光名所のほとんどすべてに共通していることが2点。
   ①高い入場料
   ②おみやげ屋

  入場料は、日本で言うなら拝観料に相当しますが、物価の安いウズベキスタンのくせに、拝観料だけは、日本並みの価格設定です。(だって、払うのは外人ですから。)通常、1施設でひとりあたり、2000スム(200円)、これにカメラ1台につき1000スム(100円)。二人で行くと、1ヶ所まわる度に、500円!!500円あれば、ぼったくりなしの食堂なら、豪華ディナーが食べられる。そんなことを考えると、かなり高い。しかも、1,2年前に比べると、拝観料は5~10倍に値上がりしているそうです。ソ連崩壊後の物価上昇度は、想像以上のようです。サマルカンドで1日過ごせば、拝観料だけで、20000スム(2000円)くらいかかってしまう。ぼったくり店で、100円、200円に文句をいうのがバカバカしい。
  どこに行っても、一番ぼったくるのは、「お国」

  おみやげ屋。これほど、ショッキングな光景はない。寺院、神学校の「敷地内のいたるところ」に、おみやげ屋が商品をひろげている。おみやげ屋といっても、京都のお土産屋さんのように、雰囲気も大切にする「店」ではなく、渋谷の路上で外人が広げている「小物売り」「アクセサリー屋」とほとんど同じもの。4畳半ほどの「みやげもの屋」が寺の中庭を占拠したり、由緒ある寺院の門をくぐると、そこはじゅうたん屋や帽子屋だったり、ことごとく営利目的のスペースになっている。おみやげを買うには便利だけど、イスラム建築を写真に撮るには、はっきりいって邪魔なだけ。
  彼らも、生きるためにやっていることだから、仕方ないけど、。せっかくの遺跡、名所がもったいない、というのは、贅沢な意見かもしれない。

28:サマルカンドのベスト3、第3位

  名書「歩きかた」に載っていない観光案内を少々。
  サマルカンド観光のベスト3は、、

  第3位、グリアミール廟(びょう)
    … 支配者の墓を祭ってある寺。薄暗い寺院の中には棺がいっぱい。

  僕らが、グリアミールに向かって歩いていると、その手前の建物から、小太りのロシア人が手を振っている。呼ばれるままに、その建物へ。それは、ルハバット廟という、これもイスラム建築の古寺。外壁、内壁とも青緑のタイルで覆われ、内部は20畳ほどの部屋、というかホールが1つあるだけ。天井は、イスラム建築に共通して高く、3,4階の高さまで吹き抜けている。天窓のあたりを鳩が飛んでいる。そこ以外に、窓がほとんどなく、薄暗く、タイルじゅうに、模様のように書かれているアラビア文字が、わずかに光っている。
  促されるままに、壁際の木製の長椅子に座る。10人ほどの、ロシア人、というかアラビア人が、同じように座っている。と、さっきの小太りロシア人が、仰々しく、ホールの中央で一礼。そして、
   うーーーんらーーーー、わらーーーーあらーーーー、
  と、うなり出す。もちろん、うなってるのではなく、コーラン(イスラムの経典、クラーンともいう。)を読み上げている。徐々に、その声は、歌のように、タイル作りの空間にこだまする。コーランは、どこで聞いても、本当に不思議な音で響いてくる。モロッコでは、街頭のスピーカーからコーランが流れ、神秘的で、つい聞き入ってしまう。それを、こんな音響効果抜群の空間で聞かされたら、もう、魔法にかかったみたい。イスラム教っていいな、と思わざるをえない。魔力だ。
  約15分のコーランが終わると、一礼して、おしまい。
  廟の外へ出るときに、僕らだけ、200スム(20円)請求されて、現実に戻った。

  グリアミールのことは、本にいっぱい載ってるから、。

29:サマルカンド、第2位

  第2位、ビビハニムモスク 
      … 中央アジア最大のモスクエメラルド色のタイルがドーム屋根にしきつめられている。
  中央アジアで最大のモスクは、観光客でごった返し、中庭もみやげもの屋の陣取りでいっぱい。
  一方、道をはさんで反対にある、ビビハニム廟。ビビハニムさんのお墓をまつった寺院。本家のビビハニムモスクには、大きさで、ちょっと負けるだけなのに、集客力では、大差負け。なぜか、誰も見に行かない。で、僕らは、当然、人気のない方を選んで行くわけで、。
  こんなに人の来ないところでも、一人前に拝観料を請求され、中に入る。客は、ぼくらだけ。寺の主のようなロシア人のおやじが、マンツーマンで相手をしてくれた。寺の由来を説明しているらしいが、ロシア語なまりの英語は、判別困難。愛想笑いしながら、案内されるがままについて行く。棺の間を抜けて、なんかの通路を通り、窓の上の細いすきまを渡り、らせん階段を昇ると、そこは、モスクの「屋根裏」。屋根裏といっても、4階くらいの高さまで吹き抜けの、ホールの屋根裏。しかも、足元には、幅30cmくらいの木が、適当にわたしてあるだけ。すきまから、1階の床が、はるか下方に見える。渡してある木だって、うすっぺらいから、落ちようと思えば、簡単に落ちられる。本当に「危ない橋」。
  その、こわい屋根裏を抜け、階段を昇ると、屋根の上へ。そこでは、サマルカンドの町並みが360度の展望で見渡せる。町の外の砂漠まで、視界が広がる。これは、すごい。まじめに感動した。写真を撮りまくる。

  ふたたび、こわい通路を通って、地面に降りたら、当然、ガイド料を請求されたけど、これは、金額分の価値があった。
  なんで、誰も行かないんだろう。

30:そして、第1位

  第1位、レギスタン広場 
    …大きなメドレセに三方を囲まれた広場。観光案内の表紙になることが多い。

  「広場」だからといって、24時間営業ではない。寺の拝観と同じで午前9時~午後7時?くらいで、入り口を閉鎖する。そして、時間外に人が立ち入らないように、警官が交代で監視している。
  この警官が、ベスト1!!
  外見は、斉藤清6(なつかしい)みたいな、おっとりした、やさしい感じの気の弱そうな警官。夕方、閉門時間が近づくと、日本人観光客に声をかけてくる。
 「明日、朝7時にここに来れば、朝日をみせてやる。」と。

  で、まだ暗い、朝7時。広場の入り口へ。当然、門は閉まったまま。と、斉藤警官がちゃーんと我々を待っていた。門のカギを開けて、僕らを広場の中へ招きいれ、1つのメドレセへ。ここも、カギがかかっているが、マスターキーで突破。薄暗い建物の中を、急な階段を、落っこちそうになりながら登っていく。はい上がること、約5分。ようやく、頂上へ到達。
  そこは、メドレセの横にあるミナレット(塔)の、本当のてっぺん。塔の屋根の、1mくらいの穴から、もぐらのように顔を出すと、約40mの高さから、周りが見渡せる。穴がせまいので、一人ずつ、顔を出すだけ。ビュービューと風が吹き付ける。待つこと、数分。すると、山の向こうに、朝日が昇り始め、眼下に絶景が広がる。旅行に行ったら、とりあえず、朝日を見る。基本です。
  数分、絶景を堪能した後、地面に戻る。そして、当たり前のように、公務員である警官から、ガイド料、というか、不法入場料として、3ドル請求される。他の人は、2ドルだった、なんて話も聞くが、拳銃を突きつけられて、10ドル取られるよりはいいか。ちなみに、この警官は、夕日ツアーも開催して、大銭を稼いでいるらしい。

31:バザールで、ゴザーーーー

  地元の人となるべく同じ次元に立つこと。
  そんなことは、できっこないけど、それを求めるのが、旅の楽しみ。地元の人が行くところに行き、食べるものを食べ、寝るところで寝る(?)。
  その条件に近いのが、バザール(市場)。どこの町にもあり、地元の人用に、食料品生活用品など、なんでも売っている。町が大きいほど、バザールも大きい。
  「シャブ・バザール」はサマルカンドで一番大きい市場。東京ドーム3つぶん(推定)の広さに、屋台のような露店が、所狭しと、びっしりと並んでいる。そして、人、人、人、人の壁。毎日が、「アメ横」状態。というより、アメ横をさらに巨大にした感じ。パン屋、肉屋、調味料屋、衣類屋、洗面器屋、紙袋屋、音楽カセット屋、携帯ゲーム機屋(テトリス?)など、ないものはない。ナン屋(パン屋)だけでも、一角に20店以上がひしめく。肉屋では、よくわからない動物が皮をむかれて、丸ごと吊るされている。
  あくまでも、「地元の人」用の市場なので、地元の人は、「地元の人用値段」。一方、旅行者は「旅行者用値段」推定10~100倍違う。だから、歩いていると、あちこちから呼び止められる。「あれ買え、これ買え」と。なんたって、100倍の値段で売れるんだから、彼らも必死に売りつける。
  「カレー屋っ」と誰かが僕らに声をかける。カレー屋?正しくは「カレーヤ?」英語では「Korea?」そこの韓国人、これ買ってって。という意味らしい。ウズベキスタンでは、韓国人のほうが裕福なようだ。ちなみに「Japonnner」は「ヤポーナン」「シャボンなん?」

  声、怒鳴り声、ぶつかる音、耳にはいるものすべてが地元バージョン。外国に来たなーって、シンから感じられる。こういう場所が好きです。(モロッコなら、マラケシュのフナ広場が有名。)暇があると、バザールへ行き、ただ、時間を過ごす。何も買うつもりはないのに、いつのまにか、両手にいっぱいの買い物袋。焼きたてのナンを買った。固くないナンを食べたのは、ここに来てはじめてだった。ひよこ豆というおつまみは、1kg200円。1週間でも食べきれない。おいしいので、おみやげに買ったが、重いので、500gが限界。つまり、たったの100円分。これで、おみやげ終わり。

32:ぜいたくホテル

  「アフロシャブ」1泊20000「円」前後の、サマルカンド随一の高級ホテル。6階建てで、トレーニングセンター、プールがある。インターネットコーナーもあり、地球の裏側から掲示板に書き込むこともできる(なんか、すごい)。
  最終日の夜くらい、ホテルのディナーにしよう、てことで、わざわざ、15分も歩いてやって来た。ホテルの入り口は、東京都心の1流弱?くらい。フロントはエアコンが効いていて、床はピカピカで清潔。ほこりだらけのGパンとトレーナーでは、日本だったら、入り口で止められそう。だが、ここでは、顔が日本人であれば、問題なし。それでも、内心はすこしビクビクしながら、レストランへ。
  すると、レストラン入り口に、「本日、撮影のため貸切」の表示?何?撮影って?
  がっかりして帰ろうとすると、ウェイターがやって来て、丁寧に聞いてくる。
 「どうしました。」
 「食事に来たのですが、、。」
 「では、別の場所をご案内しましょう。」
  ということで連れてこられたのは、2階の屋外テラス。夜7時から、バイキングが始まるという。でも、今は6時。日本なら、あと1時間待ってて下さい、となるはずが、このホテルの教育はすばらしい。
 「こちらに、ただいま、席をご用意します。コース料理しかありませんが、よろしいでしょうか。」
  全然OK。バイキングよりも、ホテルのコースを食べに来たんだから。こんな、時間外の薄汚れた客に、驚くほどのサービスです。

  コースの内容は、スープ、たっぷりの前菜、ポテト、チキン、ナン、デザート、コーヒー、あとアルコール10%のロシアビール。とても食べきれる量じゃない。前菜は、あやしい味がしたけど。「ディナー」という響きの味でした。ビールが効くんですね、10%だし、暑いし。
  さて、問題は値段。さすがに、こんなところで、食べる前に値段を確認するわけにはいかない。もちろん「ぼったくられる」とは思わないが、正規の値段自体が、高値設定のはず。1泊20000円のホテルのディナーだから、1人10000円くらい?財布を見たら、ギリギリ足りるかな。でも、それ以上だと、、、。チキンは、野菜とからめて、「地中海風」にアレンジしてある。日本のホテルでも充分通用する味。1万円と言われても、納得するかも、、、
 「カードがあるしね。」最後の切り札を隠しつつ、ドキドキしながら、ビールをあけた。
 「会計お願いします。」
  、、、、、、ウェイターが持ってきた伝票は、、、、
    30ドル!! 3000円、ふたりで!?
  これだけのサービスで、この値段じゃ申し訳ない。もちろん、外界にくらべれば高いけど、最終日ぜいたくディナーとしては、極めて「予算内」でした。満足。

33:行列のできる、、、、

  日本人とロシア人は行列が好き。好きといっても、ロシア人は、好きで並んでいるんじゃない。品物がないから、並ばないと買えないから、行列している。民主主義の混入で、ものが豊かになったというけれど、どうしても行列しないと買えないものがある。
  それが、ガソリン
  幹線道路にあるガソリンスタンドには、どこも車の長ーい行列30~40台くらいが、常に並んでいる。信じられないけど、驚いちゃう光景。

  さて、旅行の最終日、再び、サマルカンドからタシケントへの、長い長い、300kmのドライブが待っている。サマルカンドを出発したときに、メーターの半分くらいだったガソリン。いくら燃費のいい韓国自動車でも、200km近く走れば、emptyが近い。しかし、ガソリンスタンドはどこも大渋滞。給油までに1時間待ちくらい?そんなに待ってたら、飛行機の時間に遅れちゃう。何軒か空いてるガソリンスタンドを発見するが、決って「売り切れ」。やばいんじゃない?
  運転手さんも、僕も、言葉を交わすことはできないが、心は同じ。ガソリンメーターの針が底に近づいているのに、「タシケントまで90km」の標識。タクシーを乗り換えるといっても、肝心なときに、あいつらは見当たらない。空港に、離陸時間ギリギリに着いても大丈夫かな、なんて本当に心配を始めた。
  すると、車が急に、田舎道の路肩に停まった。もちろん、ガソリンスタンドなんて見えない。まわりは農家だけ。農家?
  運転手さんが、車を降りて、1軒の農家へ入っていく。農家の主人、といっても、30くらいのおにいさんと、なんやら交渉している。約3分。無事に交渉成立して、ふたりで車へやってくる。おにさんの手には、ペットボトル3本の水
  水なわけないです。ガソリン!!!
  普通に、自然に、ガソリンをペットボトルにいれて運んでる。不純物ありそう。でも、そんなのどうでもいい、車が動けば。ペットボトル3本で、5リットルくらい?給油タンクへ流し込む。おにいさんが、なんと頼もしく見えたことか。5リットルあれば、80kmくらいは充分走破できる。おかげで、無事にタシケント空港に到着した。
  今、ここに、帰ってこれたのは、農家のおにいさんのおかげ。今旅行のMVP獲得です。

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by akogarehotel | 2005-01-05 16:32 | あちこち旅行記 | Comments(0)  

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