【第3章】ウズベキスタン後編

【第3章】

22:サマルカンドへ(10月18日)
23:
がんばれ韓国自動車(10月19日)
24:
ウズベキスタン4時間耐久レース(10月20日)
25:
ホテル探しを手抜きすると、(10月21日)
26:
食糧調達ミス!(10月22日)
27:
陣取り合戦(10月23日)
28:
サマルカンドのベスト3、第3位(10月24日)
29:
サマルカンド、第2位(10月25日)
30:
そして、第1位(10月26日)
31:
バザールでゴザーーー(10月27日)
32:
ぜいたくホテル(10月28日)
33:
行列のできる、、、(10月29日)

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22:サマルカンドへ

  では、話はふたたびウズベキスタンへ。

  さて、世界遺産の町、ヒヴァには2泊でお別れ。飛行機で、首都タシケントへ戻ってきた。ここから、約300kmはなれたサマルカンドへ向かう。
  サマルカンドは、ウズベキスタン観光の代表地。いくつもの世界遺産級のイスラム寺院が林立し、観光客を集める。高級ホテルも数軒あり、ヨーロッパ、ロシア、日本からのツアー客が、冷房の効いた大型バスに乗って、多数押しかけて来る。その観光客をあてに、たくさんの地元民も集まり、街は人と活気であふれている。もちろん、自由旅行御用達の、安~中級クラスの宿も多く、さがし甲斐がある。しっかり探せば、安くてサービスのいい宿が、どこかに隠れている。

  本当のことを言うと、今回の旅で、僕らは”手抜き”をしました。ウズベキスタンにたった4泊しか滞在できなかったので、少しでも時間をムダにしないようにと、日本で宿を予約しておいたのです。残念ながら、「日本で予約できる」「割高」ということになりますが、「送迎つき」という条件が必要だったのです。「自由旅行者が旅をいそいじゃダメ」と言われますが、休暇が取れないんじゃ仕方がない。(本当は不満)

  で、「送迎つき」なんです。どこから?300kmはなれたタシケント空港からです。大陸に暮らしていると、ケタが違うんです。アフリカでもそうでした。200、300kmくらいのドライブなんて、「じゃぁ行こうか。」くらいの距離なんです。高速道路なしで、ですから、すごい。

  ということで、ヒヴァから飛行機に乗って、タシケント空港に到着。降り立った一行を、毎度おなじみになった、熱烈歓迎の出迎えをしてくれるタクシー屋、両替屋、ホテル屋の群れの中に、「Mr.○○○(僕らの名前)」の紙切れをかざしている小柄なおじさんを発見。近づいて握手する。この方が、送迎の運転手さん。お互いに共通言語がないから、ニッコリするだけで、言葉が出ない。旧ソ連では、「ハロー」は通じるけど「ハワユー」は通じない。当然、
 「How long does it take from here to Samarcand?」
 なんて文法を整えてもダメ。
 「How HOUR? Samarcand?」
 これで、全然OK。
 「300km、3 hours ,,,,,more,,」な感じの答が返ってくる。

  さあ、砂埃の中を、3時間で300kmのドライブが始まる。
  現在、AM11:00

23:がんばれ韓国自動車
  ウズベキスタンにも車が走ってます。ラクダばかりじゃありません、当然。(というか、ラクダのほうこそ、めったに見かけないんだけど、、)
  ウズベキスタンの車は、だいたい2通り
  頑丈で重くて燃費の悪そうなロシア車か、ちょっときれいで軽そうな韓国自動車(ダイウー)。韓国自動車は、事故に遭えば木っ端微塵だけど、燃費がいいから、圧倒的にシェアを伸ばしている。だから、新しい自動車は、ほとんどが韓国車。一方、ロシア車はほとんどが年式不明なほど古くて、日本に持って来たら、クラシックカーとして人気が出そうだ。僕らを迎えてくれた車も、こぎれいな韓国車だった。きれいではあるが、外見、中身とも、サニー、カローラクラスのようだ。

  タシケント空港を出発した我々は、すぐにはサマルカンドへ向かわずに、なぜか街中をうろうろとする。運転手さんが何かを探しているみたい。と、地元の人と砂埃でごったがえす一画で、車を停めて、降りて行ってしまった。なんだろう?と思っていると、ほどなく、40代くらいの陽気なロシア人を連れて戻ってきた。そして、そのロシア人もいっしょに車に乗り込んできた。
  初めてのときは、こういうのは結構こわい。自分のタクシーに、見知らぬ人が乗り込んでくるんだから。でも、このロシア人も乗客、つまり相乗り。せっかく、タシケントからサマルカンドまで、300kmもドライブするんだから、お客は満員にして、お金稼がなきゃ、っていうのが彼らにとっては、当然の考え。そして、相乗りについて、僕らに断る必要もない、ってのも、当然の考え方。所変われば、って感覚です。早く慣れましょう。
  ということで、後部座席に僕たちふたり、助手席に、でーんと構えてロシア人。言葉の通じる乗客が乗ったことで、運転手のストレスも減るから、僕たちにとってもちょっぴり歓迎です。
  そんなこんなで、車はサマルカンドへ向かう。
  タシケントの市街地を抜け出ると、そこは完璧な交通無法地帯。ウズベキスタンの国土は大部分が砂漠地帯だから、真っ直ぐな片側2車線の舗装道路が、地平線の彼方まで伸びている。ブレーキなんて必要ない。車は、あっという間に、限界速度まで加速する。韓国製のカローラもどきは、おそらくアクセルペダルが床にくっついてるだろうスピードで走っていく。風の音と、エンジンの音を、うるさく響かせながら、「300kmを3時間」というタイムリミットと戦うために。(誰も、戦って欲しいなんて言ってないんだけど。)

24:ウズベキスタン4時間耐久レース

  1時間も走ると、道は砂漠の中になる。
  砂漠といっても、アフリカの砂の砂漠とは違って、(アメリカのような)石や岩がごろごろした、岩っ原。まっすぐなアスファルト以外に、前にも後ろにも人工物は何も見えない。そんな道を、なぜか、歩いている人がいる。いったい、どこから来たのか、どこへ行くのか。あの地平線まで歩いていくのか?この辺に住んでいるのか。かなりの脚力があることには間違いない。
  運動能力なら、ドライバーも負けてはいない。
  ウズベキスタンの田舎道では、道路にのら牛、のら馬、のらヤギが飛び出してくる。本当の”のら”、つまり「野生」ではないけれど、誰かの家で飼っているのが、道にはみ出てくる。そんな、障害物のある道を、時速100kmで走っていても、瞬時に減速する。彼らの視力は、サンコンさんのように、5.0くらいあるはず。さらにいうなら、タイヤの性能もすごい。猛スピードの中で、多少の急ブレーキ、急ハンドルには、キーとも言わない。多分、世界一、安定したタイヤが使われているんだ、きっと。そう思わないと、こわくて乗ってられません。
  路肩で、故障したバスが停まっている。ボンネットを開けて、タイヤをはずしたり。これは、民営の長距離バス。自由旅行でも、予算を削ろうと思えば、利用することがある。しかし、こんなバスは、すべてが古くてオンボロ。故障しないのがおかしいくらい。300kmのドライブのあいだに、こんな故障中のバスを3台くらい見かけた。炎天下の中、外に出て待つ旅行者。ほとんどが地元民だけど、彼らって、本当に偉い。

  さて、タシケント空港を出発したのが、昼11時。つまり、昼食前。ノンストップドライブをしていれば、いつの間にか、正午になり、1時になり。昼食は?ツアーじゃなければ、いつもこんな感じです。食事確保は自分の責任。食べられないのは自分のせい。一応、こんなこともあるだろうと、タシケントまでの飛行機の中で、しっかり食べておいた。そして、水も買い込んで。もちろん、トイレも済ませて。ドライブの途中で休憩する、とか、乗客に気を使う、なんて習慣は、彼らにはあまりないみたいです。
  乾燥しきった岩砂漠の中を、時速100kmでびゅーびゅー飛ばす。強い日差しの中、クーラーなんて効くはずないから、窓は全開。顔中、鼻の穴まで、ほこりだらけ。
  そんなこんなで、ドライバーのすばらしい持久力のおかげで、300kmの道のりを、一回も休憩することなく、約4時間で走りぬけた。午後2時、サマルカンドへ到着。乗客もそうだけど、車自体も疲れきっていると思う。

25:ホテル探しを手抜きすると、

  日本から予約した宿は、幸運にも、10階建ての高級ホテルではなかった。そんな、どこにでもあるようなホテルに泊まったら、おもしろさ半減です。
  僕たちが予約した宿は、日本人になぜか有名な「フルカト」という、2階建て、部屋数15くらいの中級の宿でした。一泊1室、推定40ドル前後。ちょっと高い。しかし、宿に着いたら、お茶が出てきた。
 「頼んでないものは、食べちゃダメ」
  非常に怪しかったが、なんと、無料サービスだという。ぼったくり圏で、こんなことありえない。日本人のツボをおさえている。宿の主人が、なかなかヤリ手のようだった。その後も、顔をあわせるたびに、お茶を出してくれる。結構、うれしい。おいしい?かどうかは別。
  だが、昼食抜きでドライブして来たふたりには、お茶は余計に空腹を誘うだけ。こんなときに役立ったのが、リュックの底にしまってあった非常食「ビーフジャーキー」。ありがたい。どこに行っても重宝します。ロシアの、熱ーいお茶と、1,2枚のビーフジャーキーで、長いドライブの疲れが、少し消えた。

  部屋には、ユニークな調度品がいっぱい。
  「エアコンなし」のはずなのに、窓の上には新品のエアコンがあり、室外機にパイプも接続されて、リモコンまで置いてある。で、ためしにスイッチを押してみると、なるほど、動かない。電源が入っていない。というか、電源コード自体がない。「エアコンは設置したけど、動かさない」部屋らしい。なので、暑いときには、扇風機を使う。が、その扇風機がまたスゴイ。ブォンブォンいう音は許してやろう。問題は、「扇風機に囲いがない」こと。ロシアには製造物責任などの概念がないらしい。怖くて、近づけない。
  他にも「”中から”開かないトイレのドア」 …だから、半開きのままで入る。
  「スイッチのない電灯」 …飾りらしい。
  「動かない壁時計」 …これも飾りらしい。
  冷蔵庫の中には、「無炭酸コーラ」 …新品なのに、気が抜けている。
  「スパイシーなビール」 …賞味期限を忘れるくらい過ぎていて、発酵している?

  確かに、宿主は、なかなかヤリ手です。いろんな演出で、心に残る宿に仕上げてます。(まじめな話:朝食が豪華部屋が清潔、で値段には十分こたえてます。)

26:食糧調達ミス!

  お茶ならば、何リットルでも飲ませてくれる宿でも、食事は、朝食以外は提供しないと言う。ということで、3時頃、遅い昼食を探して、街へ出かけた。観光よりも、食糧調達が優先する、それが自由旅行。
  宿を出ると、歩いて1分。オープンカフェ風の大きなチャイハナ(食堂)を発見。白衣のウェイターさんが、忙しそうに立ち回り、僕らに気付くと、ニッコリと手招きする。空腹のため、考える暇もなく、とりあえず、ここに決定。

  屋外の広いテーブルにつくと、まず、ウェイターAがやって来た。
 「飲み物は?」
 「チャイ2つ」と答えた瞬間、ウェイターAは、奥へ入り、お茶の準備。すぐ入れ替わりに、ウェイターBが来る。Bに、食事メニューを聞く。さすがサマルカンド、いろんなものがある。
 「じゃぁ、プロフ、ラグマンをひとつずつお願い。」
  プロフはピラフみたいなもの。ラグマンは、イスラム風うどん。で、最後に値段の確認。その時点では、すでにチャイが運ばれているので、それらを指して「全部でいくら?」と訊いた。ウェイターBが「2800スム(280円)」と答える。まぁまぁ、かな。で、ウェイターBが中に戻ると、ウェイターAがやって来る。「チャイ代金の2000スム(200円)払え」って。え?だって、さっきBさんに聞いて、全部で2800って言われたよ。
  彼らには、そんな理屈は通じないらしい。AとBは別会計だという。は、お茶を持ってきたから、お茶代2000スム。は、じゃぁ、お茶代引いて2500スム、を払え、だって。合計4500スム(450円)。

  セコイというか、アホらしいというか。彼らは、常連客を作るより、一見(いちげん)さんから、取れるだけ取ってしまおう、というポリシーのようだ。たった、100円、200円の問題なんだけど、やっぱり、くやしい。
  ちなみに、この店は、有名なレギスタン広場の近くにある、看板に「Chorso」と書いてある店。「ぼったくられるので注意」と、某サイトのウズベキスタン攻略法掲示板に書いてあるんだとか。そんなサイトがあるんだ?

  食事の話を追加。
  プロフ、ラグマンは、一応、中央アジアの名物らしい。プロフは、ピラフのような米料理だが、ちょっと固い。味付けはおいしいのに、米の炊き方が、ヘタなようだ。ラグマンは、うどんのような、きしめんのような、カップラーメンのような、、。スープの味と匂いは、日本人好みかな。気に入りました。ちなみに、ホークで食べなきゃいけないのが、むずかしい。

27:陣取り合戦

  観光名所のお話も少しだけ。サマルカンドには、ヒヴァ以上に、イスラム建築の寺院、神学校が数多く残され、観光名所となっています。レギスタン広場、グリアミール、ビビハニムなどが有名(後述)。で、これらの観光名所のほとんどすべてに共通していることが2点。
   ①高い入場料
   ②おみやげ屋

  入場料は、日本で言うなら拝観料に相当しますが、物価の安いウズベキスタンのくせに、拝観料だけは、日本並みの価格設定です。(だって、払うのは外人ですから。)通常、1施設でひとりあたり、2000スム(200円)、これにカメラ1台につき1000スム(100円)。二人で行くと、1ヶ所まわる度に、500円!!500円あれば、ぼったくりなしの食堂なら、豪華ディナーが食べられる。そんなことを考えると、かなり高い。しかも、1,2年前に比べると、拝観料は5~10倍に値上がりしているそうです。ソ連崩壊後の物価上昇度は、想像以上のようです。サマルカンドで1日過ごせば、拝観料だけで、20000スム(2000円)くらいかかってしまう。ぼったくり店で、100円、200円に文句をいうのがバカバカしい。
  どこに行っても、一番ぼったくるのは、「お国」

  おみやげ屋。これほど、ショッキングな光景はない。寺院、神学校の「敷地内のいたるところ」に、おみやげ屋が商品をひろげている。おみやげ屋といっても、京都のお土産屋さんのように、雰囲気も大切にする「店」ではなく、渋谷の路上で外人が広げている「小物売り」「アクセサリー屋」とほとんど同じもの。4畳半ほどの「みやげもの屋」が寺の中庭を占拠したり、由緒ある寺院の門をくぐると、そこはじゅうたん屋や帽子屋だったり、ことごとく営利目的のスペースになっている。おみやげを買うには便利だけど、イスラム建築を写真に撮るには、はっきりいって邪魔なだけ。
  彼らも、生きるためにやっていることだから、仕方ないけど、。せっかくの遺跡、名所がもったいない、というのは、贅沢な意見かもしれない。

28:サマルカンドのベスト3、第3位

  名書「歩きかた」に載っていない観光案内を少々。
  サマルカンド観光のベスト3は、、

  第3位、グリアミール廟(びょう)
    … 支配者の墓を祭ってある寺。薄暗い寺院の中には棺がいっぱい。

  僕らが、グリアミールに向かって歩いていると、その手前の建物から、小太りのロシア人が手を振っている。呼ばれるままに、その建物へ。それは、ルハバット廟という、これもイスラム建築の古寺。外壁、内壁とも青緑のタイルで覆われ、内部は20畳ほどの部屋、というかホールが1つあるだけ。天井は、イスラム建築に共通して高く、3,4階の高さまで吹き抜けている。天窓のあたりを鳩が飛んでいる。そこ以外に、窓がほとんどなく、薄暗く、タイルじゅうに、模様のように書かれているアラビア文字が、わずかに光っている。
  促されるままに、壁際の木製の長椅子に座る。10人ほどの、ロシア人、というかアラビア人が、同じように座っている。と、さっきの小太りロシア人が、仰々しく、ホールの中央で一礼。そして、
   うーーーんらーーーー、わらーーーーあらーーーー、
  と、うなり出す。もちろん、うなってるのではなく、コーラン(イスラムの経典、クラーンともいう。)を読み上げている。徐々に、その声は、歌のように、タイル作りの空間にこだまする。コーランは、どこで聞いても、本当に不思議な音で響いてくる。モロッコでは、街頭のスピーカーからコーランが流れ、神秘的で、つい聞き入ってしまう。それを、こんな音響効果抜群の空間で聞かされたら、もう、魔法にかかったみたい。イスラム教っていいな、と思わざるをえない。魔力だ。
  約15分のコーランが終わると、一礼して、おしまい。
  廟の外へ出るときに、僕らだけ、200スム(20円)請求されて、現実に戻った。

  グリアミールのことは、本にいっぱい載ってるから、。

29:サマルカンド、第2位

  第2位、ビビハニムモスク 
      … 中央アジア最大のモスクエメラルド色のタイルがドーム屋根にしきつめられている。
  中央アジアで最大のモスクは、観光客でごった返し、中庭もみやげもの屋の陣取りでいっぱい。
  一方、道をはさんで反対にある、ビビハニム廟。ビビハニムさんのお墓をまつった寺院。本家のビビハニムモスクには、大きさで、ちょっと負けるだけなのに、集客力では、大差負け。なぜか、誰も見に行かない。で、僕らは、当然、人気のない方を選んで行くわけで、。
  こんなに人の来ないところでも、一人前に拝観料を請求され、中に入る。客は、ぼくらだけ。寺の主のようなロシア人のおやじが、マンツーマンで相手をしてくれた。寺の由来を説明しているらしいが、ロシア語なまりの英語は、判別困難。愛想笑いしながら、案内されるがままについて行く。棺の間を抜けて、なんかの通路を通り、窓の上の細いすきまを渡り、らせん階段を昇ると、そこは、モスクの「屋根裏」。屋根裏といっても、4階くらいの高さまで吹き抜けの、ホールの屋根裏。しかも、足元には、幅30cmくらいの木が、適当にわたしてあるだけ。すきまから、1階の床が、はるか下方に見える。渡してある木だって、うすっぺらいから、落ちようと思えば、簡単に落ちられる。本当に「危ない橋」。
  その、こわい屋根裏を抜け、階段を昇ると、屋根の上へ。そこでは、サマルカンドの町並みが360度の展望で見渡せる。町の外の砂漠まで、視界が広がる。これは、すごい。まじめに感動した。写真を撮りまくる。

  ふたたび、こわい通路を通って、地面に降りたら、当然、ガイド料を請求されたけど、これは、金額分の価値があった。
  なんで、誰も行かないんだろう。

30:そして、第1位

  第1位、レギスタン広場 
    …大きなメドレセに三方を囲まれた広場。観光案内の表紙になることが多い。

  「広場」だからといって、24時間営業ではない。寺の拝観と同じで午前9時~午後7時?くらいで、入り口を閉鎖する。そして、時間外に人が立ち入らないように、警官が交代で監視している。
  この警官が、ベスト1!!
  外見は、斉藤清6(なつかしい)みたいな、おっとりした、やさしい感じの気の弱そうな警官。夕方、閉門時間が近づくと、日本人観光客に声をかけてくる。
 「明日、朝7時にここに来れば、朝日をみせてやる。」と。

  で、まだ暗い、朝7時。広場の入り口へ。当然、門は閉まったまま。と、斉藤警官がちゃーんと我々を待っていた。門のカギを開けて、僕らを広場の中へ招きいれ、1つのメドレセへ。ここも、カギがかかっているが、マスターキーで突破。薄暗い建物の中を、急な階段を、落っこちそうになりながら登っていく。はい上がること、約5分。ようやく、頂上へ到達。
  そこは、メドレセの横にあるミナレット(塔)の、本当のてっぺん。塔の屋根の、1mくらいの穴から、もぐらのように顔を出すと、約40mの高さから、周りが見渡せる。穴がせまいので、一人ずつ、顔を出すだけ。ビュービューと風が吹き付ける。待つこと、数分。すると、山の向こうに、朝日が昇り始め、眼下に絶景が広がる。旅行に行ったら、とりあえず、朝日を見る。基本です。
  数分、絶景を堪能した後、地面に戻る。そして、当たり前のように、公務員である警官から、ガイド料、というか、不法入場料として、3ドル請求される。他の人は、2ドルだった、なんて話も聞くが、拳銃を突きつけられて、10ドル取られるよりはいいか。ちなみに、この警官は、夕日ツアーも開催して、大銭を稼いでいるらしい。

31:バザールで、ゴザーーーー

  地元の人となるべく同じ次元に立つこと。
  そんなことは、できっこないけど、それを求めるのが、旅の楽しみ。地元の人が行くところに行き、食べるものを食べ、寝るところで寝る(?)。
  その条件に近いのが、バザール(市場)。どこの町にもあり、地元の人用に、食料品生活用品など、なんでも売っている。町が大きいほど、バザールも大きい。
  「シャブ・バザール」はサマルカンドで一番大きい市場。東京ドーム3つぶん(推定)の広さに、屋台のような露店が、所狭しと、びっしりと並んでいる。そして、人、人、人、人の壁。毎日が、「アメ横」状態。というより、アメ横をさらに巨大にした感じ。パン屋、肉屋、調味料屋、衣類屋、洗面器屋、紙袋屋、音楽カセット屋、携帯ゲーム機屋(テトリス?)など、ないものはない。ナン屋(パン屋)だけでも、一角に20店以上がひしめく。肉屋では、よくわからない動物が皮をむかれて、丸ごと吊るされている。
  あくまでも、「地元の人」用の市場なので、地元の人は、「地元の人用値段」。一方、旅行者は「旅行者用値段」推定10~100倍違う。だから、歩いていると、あちこちから呼び止められる。「あれ買え、これ買え」と。なんたって、100倍の値段で売れるんだから、彼らも必死に売りつける。
  「カレー屋っ」と誰かが僕らに声をかける。カレー屋?正しくは「カレーヤ?」英語では「Korea?」そこの韓国人、これ買ってって。という意味らしい。ウズベキスタンでは、韓国人のほうが裕福なようだ。ちなみに「Japonnner」は「ヤポーナン」「シャボンなん?」

  声、怒鳴り声、ぶつかる音、耳にはいるものすべてが地元バージョン。外国に来たなーって、シンから感じられる。こういう場所が好きです。(モロッコなら、マラケシュのフナ広場が有名。)暇があると、バザールへ行き、ただ、時間を過ごす。何も買うつもりはないのに、いつのまにか、両手にいっぱいの買い物袋。焼きたてのナンを買った。固くないナンを食べたのは、ここに来てはじめてだった。ひよこ豆というおつまみは、1kg200円。1週間でも食べきれない。おいしいので、おみやげに買ったが、重いので、500gが限界。つまり、たったの100円分。これで、おみやげ終わり。

32:ぜいたくホテル

  「アフロシャブ」1泊20000「円」前後の、サマルカンド随一の高級ホテル。6階建てで、トレーニングセンター、プールがある。インターネットコーナーもあり、地球の裏側から掲示板に書き込むこともできる(なんか、すごい)。
  最終日の夜くらい、ホテルのディナーにしよう、てことで、わざわざ、15分も歩いてやって来た。ホテルの入り口は、東京都心の1流弱?くらい。フロントはエアコンが効いていて、床はピカピカで清潔。ほこりだらけのGパンとトレーナーでは、日本だったら、入り口で止められそう。だが、ここでは、顔が日本人であれば、問題なし。それでも、内心はすこしビクビクしながら、レストランへ。
  すると、レストラン入り口に、「本日、撮影のため貸切」の表示?何?撮影って?
  がっかりして帰ろうとすると、ウェイターがやって来て、丁寧に聞いてくる。
 「どうしました。」
 「食事に来たのですが、、。」
 「では、別の場所をご案内しましょう。」
  ということで連れてこられたのは、2階の屋外テラス。夜7時から、バイキングが始まるという。でも、今は6時。日本なら、あと1時間待ってて下さい、となるはずが、このホテルの教育はすばらしい。
 「こちらに、ただいま、席をご用意します。コース料理しかありませんが、よろしいでしょうか。」
  全然OK。バイキングよりも、ホテルのコースを食べに来たんだから。こんな、時間外の薄汚れた客に、驚くほどのサービスです。

  コースの内容は、スープ、たっぷりの前菜、ポテト、チキン、ナン、デザート、コーヒー、あとアルコール10%のロシアビール。とても食べきれる量じゃない。前菜は、あやしい味がしたけど。「ディナー」という響きの味でした。ビールが効くんですね、10%だし、暑いし。
  さて、問題は値段。さすがに、こんなところで、食べる前に値段を確認するわけにはいかない。もちろん「ぼったくられる」とは思わないが、正規の値段自体が、高値設定のはず。1泊20000円のホテルのディナーだから、1人10000円くらい?財布を見たら、ギリギリ足りるかな。でも、それ以上だと、、、。チキンは、野菜とからめて、「地中海風」にアレンジしてある。日本のホテルでも充分通用する味。1万円と言われても、納得するかも、、、
 「カードがあるしね。」最後の切り札を隠しつつ、ドキドキしながら、ビールをあけた。
 「会計お願いします。」
  、、、、、、ウェイターが持ってきた伝票は、、、、
    30ドル!! 3000円、ふたりで!?
  これだけのサービスで、この値段じゃ申し訳ない。もちろん、外界にくらべれば高いけど、最終日ぜいたくディナーとしては、極めて「予算内」でした。満足。

33:行列のできる、、、、

  日本人とロシア人は行列が好き。好きといっても、ロシア人は、好きで並んでいるんじゃない。品物がないから、並ばないと買えないから、行列している。民主主義の混入で、ものが豊かになったというけれど、どうしても行列しないと買えないものがある。
  それが、ガソリン
  幹線道路にあるガソリンスタンドには、どこも車の長ーい行列30~40台くらいが、常に並んでいる。信じられないけど、驚いちゃう光景。

  さて、旅行の最終日、再び、サマルカンドからタシケントへの、長い長い、300kmのドライブが待っている。サマルカンドを出発したときに、メーターの半分くらいだったガソリン。いくら燃費のいい韓国自動車でも、200km近く走れば、emptyが近い。しかし、ガソリンスタンドはどこも大渋滞。給油までに1時間待ちくらい?そんなに待ってたら、飛行機の時間に遅れちゃう。何軒か空いてるガソリンスタンドを発見するが、決って「売り切れ」。やばいんじゃない?
  運転手さんも、僕も、言葉を交わすことはできないが、心は同じ。ガソリンメーターの針が底に近づいているのに、「タシケントまで90km」の標識。タクシーを乗り換えるといっても、肝心なときに、あいつらは見当たらない。空港に、離陸時間ギリギリに着いても大丈夫かな、なんて本当に心配を始めた。
  すると、車が急に、田舎道の路肩に停まった。もちろん、ガソリンスタンドなんて見えない。まわりは農家だけ。農家?
  運転手さんが、車を降りて、1軒の農家へ入っていく。農家の主人、といっても、30くらいのおにいさんと、なんやら交渉している。約3分。無事に交渉成立して、ふたりで車へやってくる。おにさんの手には、ペットボトル3本の水
  水なわけないです。ガソリン!!!
  普通に、自然に、ガソリンをペットボトルにいれて運んでる。不純物ありそう。でも、そんなのどうでもいい、車が動けば。ペットボトル3本で、5リットルくらい?給油タンクへ流し込む。おにいさんが、なんと頼もしく見えたことか。5リットルあれば、80kmくらいは充分走破できる。おかげで、無事にタシケント空港に到着した。
  今、ここに、帰ってこれたのは、農家のおにいさんのおかげ。今旅行のMVP獲得です。

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# by akogarehotel | 2005-01-05 16:32 | あちこち旅行記 | Comments(0)  

【第2章】自由旅行のさだめ

【第2章】

第2章 自由旅行のさだめ
12:
旅行の値段(10月8日)
13:
格安航空券(10月9日)
14:
宿探し、初体験(10月10日)
15:
宿探し、神の手(10月11日)
16:
宿探し、手抜き(10月12日)
17:
食探し、(10月13日)
18:
断食生活(10月14日)
19:
足探し、タクシー探し(10月15日)
20:
ぼったくり警報(10月16日)
21:
ぼったくり発動中(10月17日)
第1章  ウズベキスタン前編(1~11節)
第3章  ウズベキスタン後編(22~33節)
第4章  モロッコへの誘い(34~  )

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12:旅行の値段

  みなさんを自由旅行にいざなうことが、このページの目的です。洗脳です。
  なので、今回は少し現実的なお話です。

  だいたい、旅行1回で、いくらかかるの?

  「海外なんて高くて行けないよ」
  こんな声を聞いてたのは、もう10年以上も前じゃないですか。H●Sなどの安売り航空券が発売されて、今では、国内よりもハワイで遊んだ方が安いでしょ。という流れにのって、モロッコ、ウズベキ、ミャンマーなど、あこがれの勧める国々も、安く行けるようになっています。さすがに、ハワイや韓国にはかないませんが、アメリカ、ヨーロッパに比べたら、間違いなくリーズナブルです。

 1航空券:
  当然ですが、合計金額に最も影響します。ということは、予算が少ないなら近いところ、余裕があるなら遠いところにすればよい。当然、エコノミークラス限定の話です。間違っても「ビジネスクラスで」なんて考えている人は、自由旅行なんて向いてません。カンボジアの場合、往復航空券が7万円から9万円。もし、ツアー旅行なら、6日間で11万から24万(本日、HI●のホームページ)。カンボジアでは、ツアーで高級ホテルに宿泊することが多いため、高めの金額になります。ウズベキスタンの場合、往復航空券は10万円から12万円。HI●には、ツアーはありませんでした。モロッコだと、往復航空券は14万強だったか。モロッコは、遠いから(アフリカ)高い。一般に、東南アジア(ベトナム、タイ、カンボジア、ミャンマー、マレーシアなど)は6万円から10万円くらいと安いので、予算の少ない場合にオススメです。購入はHI●、JT●などの大手でも、雑誌に載ってる小さな代理店でも、あまり差はありません。その地域専門の小さなところが、一番いいでしょうか。

 2宿泊:
  ピンからキリまであって当り前。僕の考えでは「普通」一泊10ドル弱(1000円)くらい?かな。もちろん、安いところを探せば、いくらでもあるし、高いところは探さなくても、いっぱいある。新婚旅行でサハラ砂漠で泊まった宿は1泊200円でした。今回のウズベキスタンはちょっと贅沢して、3000円くらい。ちなみに外国は、「食事なし」「一部屋の値段」だから、一人よりも二人のほうが、安上がりです。誰と寝る?

 3食事:
  ぼったくりに遭遇しなければ、、、ということは、かなり幸運ですが、1日1000円あれば、大丈夫かな。って、日本と同じじゃないの。ということで、食事も自分でよーーく探してみれば、1日200円くらいで食べられる所が絶対にあるはずです。多少の下痢を覚悟しましょう。

 4移動、入場料:
  いろんな移動がありますが、予算がなければ、移動しなければいい。自分の足で歩きましょう。予算が少しある時に、まず利用するのが、こういう国では、なんとタクシーなんですね。遠距離の移動でなければ、1日で数百円の予算です。
  観光で生きている国々では、ひとつひとつの遺跡でバカ高い入場料が請求されます。ウズベキスタンでは、1施設200円くらい。あちこちで、請求されるので、合計1人4000円くらい払いましたね。カンボジアのアンコールワットは、なんと1日2000円!3日いれば6000円。モロッコでは、なかった。ミャンマーもなかったけど、賽銭を強要された。

 5おみやげ:
  奇抜なものを買わない限り、5000円あれば、持ちきれないくらい買えます。

 その他:結構忘れがちなのが、成田(または関西空港)までの交通費。国内の移動は高くつきますから。

  合計して、10万円から15万円。
  確かに、安くはないですよね。(1年間のパケット代と同じくらい?または、温泉旅行2回分くらい?)


13:格安航空券

  はやりの格安航空券。星の数ほど、うるさいほどに宣伝を見かけます。でも、実際はこれが、なかなか買えないんですね。ハワイだ、グアムだとかの人気どころは、大丈夫なんでしょうけど、うちら夫婦が行きたがるような辺境の地は、飛行機自体が少ないのか、本当に手に入りにくい。
  もともと、格安航空券って、どうしてあんなに安いのか、というと。航空会社や大手旅行会社が、ツアー旅行用に航空券(座席)をキープする。そのツアーが、人気がない、とか、テロだとかで、売れ残りがある場合に、航空券だけを売りに出す。だから、ツアーが満員になってしまえば、格安航空券としては出回らなくなる。

 だいたい、3ヶ月ちょっと前に、旅行予定を決め、旅行会社へ電話。
  「○○行きの航空券が欲しいんですけど。」
  「3ヶ月前にならないと発売されませんので、その頃、もう一度お電話ください。」
 で、ぴったり3ヵ月前にあたる日。
  「○○行きの航空券下さい。」
  「もう、売り切れですので、キャンセル待ちになります。」
 えっ!初めてだと驚くけど、いつもこんな感じ。もちろん、全部「売り切れ」た訳ではなく、ツアー会社が「キープ」しているということ。ということで、いつものようにキャンセル待ちを申し込む。

  ツアーの締め切りが、出発ギリギリということは少ないが、売れ残りがあるかどうかは、2,3週間前になるまで決められない。つまり、2,3週間前にならないと、旅行に行けるかどうか分からない。困りますね。仕事も休むかどうか、決めないといけないし。微妙に人気のあるところ、とか、人気のある時期(ゴールデンウィークなど)だと、かなりむずかしい。去年のGWに、中国の西安に行こうとした。三国志の蜀ですね。だけど、キャンセル待ちが、通らなくて中止。なので、当家の旅行シーズンは9月になったんです。

  大手(●IS、J●B)よりも、その地域専門の小さい代理店のほうが、航空券が買いやすい印象です。「ちいさい代理店」とは、地球の歩き方などに広告が出ている「アフリカ専門」とか「アンコールワット専門」とか、うたってるような店。そう言えば、これまで、大手(H●S、JT●)では一度も買えたことがないや。ちなみに、今回のウズベキスタンは、「へき地専門」のファイブスターという旅行会社でした。

  まあ、どうしても行きたいのなら、ツアーを申し込めばいいんですけど。「ツアーなんて、絶対いや」って、うちの大奥が言うもんで。


14:宿探し、初体験

  新婚旅行の、最初の夜。ちまたでは「初夜」などと、色ぼけた表現をすることもあるが、僕らにとっては、「初めて」海外で宿を探した「夜」でした。

  モロッコのカサブランカにたどり着いたのが、午前11時。カサブランカは、アフリカ大陸の大西洋沿岸にあり、4月というのに真夏の日差し。海水浴に充分な気温で、じめじめしている。アフリカ=田舎、というイメージは、カサブランカでは全く感じられない。モロッコの商業の中心都市であり、高いビルがいくつか見かけられる。東京には、ほど遠いが、地方の県庁所在地レベル。フランスの植民地だったため、多くのフランス人が定住し、また、フランスからの観光客が大勢おとずれる。そんな町中を、大きなリュックを背負った、薄汚い小さい日本人ふたり。やっぱり「ヘン」です。

  ふたりは、「地球の歩き方」で目星をつけていた「きれいで安い」ホテルへ。
  ホテルのカウンターでは、鼻の高いフランス人女性が、さらに鼻をツンの上げて、
 「何、あんたら。泊まるの?」 と、おそらく言ったはず。フランス語で。
 「We would like……(泊まりたいのですが、部屋は空いてますか)」 と、英語で尋ねる。
 「ツインルーム、50ドル(5000円)」 と、ひとこと。
 わっ、高ーい、と第一印象。だけどね、カサブランカは、アフリカというより、フランスの一部みたいなものだからね。道も舗装されてるし、電車網も発達してる。物価だって、フランスに近いはず。そして、このホテルは、日本のビジネスホテルなんかよりきれいで、ロビーも広い。英語が話せないくせに、「高いよ。値切ってもらおうよ、通訳して。」と、おっしゃる嫁と、議論していると、鼻高フランス人は奥へ行ってしまう。さすが、フランス人、冷たさ世界一。
 「Excuse me!! お湯は出ますか?」 ―自由旅行の基本その1
 「出るよ。」       当り前です、こんなホテルで。
 「部屋を見せてもらえますか?」   ―自由旅行の基本その2
 「だめです。」      当り前です、こんなホテルで。
  また、あっちへ行きかけたフランス人を引き止めて、「泊めてください」と。

  たかだか5000円の宿でね。こんな扱いされて、腹立ちますね。でも、それは、若さゆえ。今にして思えば、モロッコと言っても、カサブランカは「自由旅行」。飛び込みで宿泊することは可能だけど、少しばかり礼儀が必要です。一方、「自由旅行」の町での宿探しなら、基本が大事。部屋を見て、お湯を確認して。こっちから言い出さなくても、自ら部屋を案内してくれる宿も多い。

  宿探しに、半日くらい費やすこともあるけれど、それも自由旅行の楽しみの一部です。でもね、新婚旅行では、宿探ししたくないよ。


15:宿探し、神の手

  では、今回は、「自由旅行」の宿探しのお話。

  モロッコのマラケシュ。
  モロッコといえば、マラケシュ。まさに「自由旅行の聖地」。どこから、これだけの人間がわいて来たんだ、というくらい大勢のイスラム人であふれるバザール「フナ広場」に来ずして、アラブ、イスラム、異国、そして、自由旅行、は語れない。そんな、マラケシュでの宿探し。
  いつもどおり、「歩き方」片手に、重たいリュックをしょって、目的の宿へ。今回は「1泊10ドル」「きれい」がキーワード。では、1軒めへ。
 「とても、ごめんなさい。今日は満員だから、明日来てもらえる?」
  あら、残念。では、2軒め。
 「今日は、ハイシーズンだから、あいてないよ。」
  まじ?3軒めは、、、、入り口に宿泊希望の旅行者があふれていて、中へも入れない。本当に「ハイシーズン」(4月)らしく、道にはリュックをしょった旅行者だらけ。ただし、ほとんど西洋系。
 「やばいよ。どこも空いてないかも。」
  さらに、2,3軒回ってトボトボしている2人。すると、神の手が、いや、アラーの声が。

  「Japanese tourist? Hotel?」

  振り向くと、ピーナッツ顔で、背の高い、いわゆる普通の「イスラム系黒人」。
 「宿を探しているんでしょ。ついておいで。」
  限りなく怪しい。どっかのオンボロ宿か、誰かの家に連れてかれて、金を奪われるかもしれない。ところが、そのピーナッツ顔は、躊躇しているふたりを尻目に、ドンドン歩いて行く。ふたりが立ち止まっているのに気付くと、ニッコリして手招きする。悪い人には見えないんだよなぁ。と思った時点で、すでに謀略に嵌っているか。
  インシャッラー。「神の思し召しがあれば(うまくいく)」
  やばくなれば、逃げればいい。そんなつもりで、ついて行った。
  ピーナッツは、路地をくねくね、地図にもない道や、民家の軒先を歩く。ひとしきり歩いていくと、「Hotel」の看板。少なくとも、個人の家ではないみたい。だけど、ここも他と同じように、フロント前では数人の観光客が交渉している。だけど、さすがに、ピーナッツは地元の人。ずけずけ、押し分け、宿主へ直接交渉。
 「部屋、あるでしょ。」 多分、そう言ってる。
 「ごめん、今日は本当に満室なんだ。」 多分、そう言われてる。
 「えー、俺が頼んでもダメ?」 多分、そう言って、ねばっている。
  多分、この人、本当に親切なんだよ。残念そうに、肩を落として戻ってきた。
 「よし、次、行こう。」

  そんな感じで、3、4軒、渡り歩いた結果。そのホテルも、フロントは観光客が詰め掛けていたが、地元民・ピーナッツの交渉成立。にっこりして、僕らを部屋へ案内する。その宿は、1泊10ドル。1000円相当の部屋。無事に、部屋に荷物をおろして一息入れていると、再び、ピーナッツがやってきた。
 「チップちょうだい。」
 って、宿泊料と同額の10ドルを要求している。100ドルじゃなくてよかった、といって払う。

  ピーナッツさんは、一生懸命に宿を探してくれました。もちろん、僕らのためではなく、自分のために。


16:宿探し、手抜き

  宿を探せるかどうか、心配するのがいや。
  夜遅く、町に到着するから、不安。
   などと、お嘆きのあなたには、
   ……前もって、日本で宿を予約していく
という方法があります。

  日本で宿を予約する旅行は、本当は、自由旅行とは言わず、バウチャー旅行と呼ばれます。ただし、初めての自由旅行で不安だらけ、という人には、旅行の最初の数日分だけでも予約しておけば、安心して海外へ飛びたてます。

  では、日本での予約方法は?
  最も簡単なのは、とても便利な「旅行代理店」を利用することです。あちこちで看板や広告を見かける、どんな代理店でも結構です。当然、日本語の通じる、日本の会社です。その代理店が、目的国にパイプがあれば、問題なく宿泊予約が可能です。パイプがなければ、他をあたりましょう。何度も言うとおり、大手よりは、「その地域専門」の中小の代理店のほうが、へき地に精通していて、マニアな宿まで予約してくれることが多いようです。一泊1000円前後の手数料がかかりますが、安心料と思えば、安いものです。
  他人の手を借りずに、自分で予約したいと思うのなら、インターネット予約です。予約できるのはホームページを開設しているような宿に限られますが、手数料はかかりません。英語の文章で、予約申し込み書を作成し、メール、またはファックスで送信します。数回のやりとりで、予約完了となります。実際に行ってみるまで、ちゃんと予約できているかどうか不安です。クレジットカードの番号を教えないといけないのも、やはり心配です。ただし、少しくらい英語を鍛錬しましょう。

  旅行先で、直接、現地の旅行代理店を利用する、というのは、よくある方法です。モロッコの代理店は、商売根性が旺盛で、宿だけを予約したいと思っても、近くの観光地へのツアーとか、次の町への移動だとか、なんでもかんでも勧められます。代理店の所在は「歩き方」に書いてあるものもありますが、本には載っていないような小さい代理店も多くあります。「travel agency」なんていう看板を目指して飛び込めばいいのですが、もちろん、ぼったくり、不当な高額を請求するツアーもあります。
  それも、「自由旅行」の一部ですから。


17:食探し

  宿が落ち着いたら、次は食欲を落ち着かせましょう。
  自炊する材料と道具を持っていく、あるいは調達するのは、自由旅行上級者に限ります。通常の自由旅行では、食事はすべてレストラン、食堂での外食となります。では、その外食の内容は?

  どっかの芸能人が(個人的にはウォーターボーイズとかで結構好きなんですが)、「ウズベキスタンのロケでは、パスタがまずかった。」なんて言ってましたが、当り前です。だって、日本に、おいしいウズベキスタン料理屋がありますか?その国に行ったら、がまんして、その国特有の料理を食べましょう。うまいか、まずいかは、どうだっていいんです。
  でも、すべて、どうだっていい訳じゃない。注意点はふたつ。
 その1、あたらないか
 その2、ぼったくられないか

  あたらないか、とは、つまり食中毒のこと。薬持っていけばいいじゃん、なんてのは甘い。ひどいものは、入院するくらいだから、注意するにこしたことはない。で、もっとも注意するものは、「水」です。生水を飲んではいけない、は当然として、生水が付着しているものもダメ。つまり、氷、生野菜、アイスクリーム類ですね。レストランで注文したジュースに氷が入っていたら、残念だけど、一口も飲んじゃダメ。あとで、どうなっても知りません。おいしそうな果物(すいか、とかメロンとか)もよだれを誘うけど、食べちゃダメ。一方、得体の知れない生き物、肉などは、煮たり焼いたりしてあるものならば、生焼けでなければ大丈夫です。もちろん、例外はありますが。
でも、どんなに注意しても、結局、何かにあたっちゃうんですよね。シャワーの水とか、食器についてる水とかが悪いのかな。
  「ぼったくり」は、ちょっと油断してると、すぐヤラレてしまいます。注文した後に、すぐ値段の確認をするというのは原則です。ちょっとした屋台、売店でもそうしないと、すぐにタカられてしまいます。とはいっても、10円のジュースを100円で売りつけられる、くらいなんですけど。

  以上の注意だけ、ちょっと気にしていれば、あとは、運次第です。おいしいものが食べられるか。ちゃんと注文したものが出てくるか。実はゲテモノを食べさせられるとか。
  どんなところで、外食するか。それを探すのも自由旅行の大きな楽しみです。できれば、「日本料理屋」で食事をするのは避けましょう。


18:断食生活

  イスラム教の戒律のひとつに、ラマダン、「断食月」という、厳しい風習がある。
  1年に1回まわってくるラマダン月(イスラム教の9月)のあいだ、その1ヶ月間は、日が昇っているうちは、水も食事も口にしてはいけない。だから、人は日中は、エネルギーを消費しないように、なるべく動かず、日陰でゴロゴロしている。そして、日没を知らせるサイレンとともに、ムクっと起き上がり、まるで祭りのように、異様な雰囲気で「打ち上げ」を始める。一日じゅう我慢した食欲、口渇を満たすために、あるいは、それ以上に食べて、飲みまくる(ただしアルコールは禁止)。しかも、それが、毎日つづく。

  そんな戒律を守っている人も尊敬するけど、そんな期間に旅行する旅行者も大変。それなりの準備が必要です。
  日本人旅行者は、おそらくイスラム教徒(ムスリム)ではないから、ラマダンを守る必要はない。だからといって、昼間、おなかが空いたからって、空腹を我慢している人たちの目の前で、自分達だけパクパク食べられますか?西洋人は、そんなのおかまいなしって感じで、堂々と飲み食いしてます。しかし、謙虚こそ人の道、と教えられている日本人には、ちょっと無理。なので、空腹時には、宿に戻って、部屋でこっそりビスケットなどをつまむしかない。町なかの宿なら、お菓子などの食料品を買いだめしておけるからいいけれど、砂漠の宿では、それもできない。

  その宿は、モロッコのサハラ砂漠の中にポツンと立っていて、隣の家まで車で30分。見渡す限り、砂だらけ。売店なんて、あるわけない。で、宿泊を頼んだときは「食事つき」ということだったのに、とても当たり前のように、昼食なんて用意してくれない。朝5時(日の出前)の朝食の次は、日没後、7時くらいの夕食まで、宿は何も提供してくれない。そして、やはり、売店はない。(水道はあるけど衛生上、飲めない。)
  一応、そんな状況は想像できたので、2泊分として、ミネラルウォーター2本と、ビスケット1箱、ビーフジャーキー1袋を持っていった。ところが、モロッコ製のビスケットは甘すぎて、とても食べられない。おなかが空くと、あてになるのは、成田でたまたま買ったビーフジャーキー1袋だけ。その、ビーフジャーキーもだんだん減っていく。もったいなさげに、なるべく長くしゃぶっている。でも、でも、いつかはなくなる。「これが、最後の食糧だー。」って時が来る。予想外のプチ・ラマダンでした。成田で買ったビーフジャーキーがこんなに貴重品に思えたことはない。
  それ以後、旅行に行くときは、非常食として”必ず”ビーフジャーキーを持っていきます。どこで、遭難したり飢饉になるか、わからないしね。


19:足探し = タクシー探し

  町の中を移動するには、徒歩かタクシー
  町から町へ移動するには、バスかタクシーか電車か飛行機か。
  つまり、日本と違って、タクシーにお世話になる機会がとても多い。そして、日本と違って、メーター付タクシーは皆無で、料金はいいかげんである。日本と同じところは、少しでも多く料金を取ろうとするところかな?たまーに、メーター付タクシーに遭遇することがあるが、メーターが機能していることはなく、アクセサリー、というか、取り外すのがむずかしいから付けてある、という感じ。なので、値段は乗車前に交渉する。
 「○○までいくら?」「XXドル」「もうちょっと安いでしょ」「Xドル」「じゃあ、お願い。」
 てな具合に。市内の移動なら、だいたい1~3ドルで足りる。タクシーは、町中にあふれているから、道端でリュックしょって、ちょっとキョロキョロしただけで、餌に群がる鯉のように、タクシーが寄って来る。
  市外へ行く場合にも、不思議と値段が変わらない。100Kmや200Km離れた町へ行く場合でも、10~20ドル(1000円~2000円)ですむことが多い。もし日本だったら、天文学的な値段になっていて、ちょっと想像できない。そう思うと、市内距離の値段が1ドルというのが高いのかな、と感じてくる。ちなみに、モロッコの遠距離タクシーは、ほとんどがベンツだった。年式など全く分からないオンボロだけど、生まれて初めてベンツに乗りました。あまり、感動しなかったけど。
  足探しも手抜きしようと思えば、現地で送迎つきのツアーを申し込めばよい。日本で申し込むよりは、もちろん安い。砂漠の宿に泊まったときは、当然、帰りのタクシーが拾えないだろうから、近くの町から送迎つきのツアーにした。で、その送迎距離は、片道300Km、で、その所要時間が4時間たらず、って?恐ろしい。高速道路なんか、ないですからね、モロッコには。広い国では、移動距離も移動速度も、ケタが違う。

  カンボジアでは、ベトナムのように、原付バイクタクシーが多い。初めて、3人乗りを体験した。結構、簡単だったが、日本では真似する訳にはいかない、警察に捕まっちゃうから。馬車の客車部分を原付バイクで引っ張るタクシーとか、手作りのサイドカーなんかもあって、遊園地の乗り物のようだった。ただし、そのおもちゃの乗り物の横を、普通の乗用車が、ビュンビュン走っていくのだから、遊園地よりは、少し緊張感がありますが。

  乗り物の話をもうひとつだけ。カンボジアで、手抜きして頼んだ送迎つきのツアーで、僕たちを迎えに来てくれたのが、オンボロだけど、大きな観光バスだった。マイクロバスじゃなくて、観光バス。日本製の中古車だろうけど、30人か50人くらい乗れるもの。それを、たった二人で占有。豪華!ゆったり!というよりは、さびしい!もったいない!かな。


20:ぼったくり警報

  現地の人から見れば、日本人は誰もが「金持ち」。少しくらい金をもらっても当然、と考えています。ぼったくる彼らにしても、生きるための本能でやっている人が半分、悪意を持っている人が半分です。悪意だとしても、所詮、軽犯罪。凶悪事件の多い日本に比べたら、100倍、平和な町です。純な人ほど、ぼったくりに引っかかりやすい。そうです、僕らは、とても引っかかりました。

 「タクシー」
  乗車前に値段を確認しておかなければ、ふっかけられて当たり前。たとえ、確認しておいたとしても、口頭の確認であれば、到着時に値段が変わることもある。
 目的地に着いて、「200ください」とタクシー運転手。「え?100って、言ってたでしょ。」
 「いや、200って言ったはず。日本語ワカリマセーン」なんてこともある。または「ひとり当たり100だから、ふたりで200よこせ」なんて場合も。目的地がよく分からずに、つまり自分のせいで、あちこち遠回りしたのに、「あれこれ探してやったんだから、もっと払え」なんてのにも驚いちゃいけない。目的地の数百メートル手前で降ろされて、「ここから先は(ナワバリ?)行けないから、あとは歩いて行って」ってこともあった。彼らも、いろんなことを思いつきます。

 「ガイド」
  自由旅行では、とても有名。知らない人のために説明します。
  街中を観光しながら歩いていると、ふと、地元人(おっちゃん、あるいは子供)がついて来る。そんで、勝手に、「この建物は、あーで、こーで、」とか、「こっちへ行くと、~がある。」とか、聞いてもいないことを親切そうに話しかける。礼を大切にする日本人としては、彼らを無視することができずに、愛想笑いしながら、しばらくいっしょに歩いてしまう。と、数分歩いたところで、「ガイド料」が請求される。
  「うまい店を教えてやる」なんて言って、連れて行かれると、同じテーブルで、当然のように、いっしょに食事したりして、そして当然、おごらされている。小判ザメのような人種だ。知らない土地で、見知らぬ人に声をかけられても、相手しちゃけない。
  ミャンマーでは、子供がこれをやる。7,8歳の元気な子供が寄ってきて、「日本から来たの?トーキョー?オーサカ?フクオカ?」「オネーサン、キレイダネ」目をつぶれば、日本人が話しているかのような流暢な日本語で話しかけてくる。適当に相手して、適当に案内されて、適当にお駄賃をあげれば、典型的な「金持ち日本人」になれるが、自由旅行者は不必要な出費は極力避けなければならない。涙をのんで、彼らを無視する。生きるために日本語を覚えて、必死で頭を使ってる彼らは、本当は尊敬すべきなんだけど。


21:ぼったくり発動中

  町中、いたるところにボッタクラーが待ち構えています。いたるところに。

 「食堂」
  ボッタクラーの巣窟。値段を確認しないで注文すれば、間違いなくぼったくられる。日本人だから、これくらいでいいかな、って値段をふっかけられる。食べちゃったんだから、文句は言えない。現地の人が、5円くらいで飲んでる紅茶を、100円とか言われた日にゃ、たかが100円だけど、投げつけたくなるわな。日本(いわゆる新宿)のように、とても払えない値段をふっかけたりしないところが、かわいいけど、。
  値段の確認が必要なのは、メニューそのものだけじゃない。カレーの付け合せかと思わせるように、漬物とかナッツが出てくる。いっしょに食べてしまうと、そんな漬物ごときが、カレーの何倍も高価なものに化けてしまったりする。店内に座っただけで出てくるフルーツは悪魔の誘い。金持ちにしか出てこないが、食べてしまえば、まさに「金持ち」扱いされて「金持ち」相当の請求が来る。紅茶についてきた砂糖が、別会計で1ドルって言われたときには、さすがに怒りましたね、日本語で。

 「商店、露店」
  値札を付けて販売しているスーパーマーケット以外は、値段は交渉次第。つまり、ふっかけられることが前提。
 「この小物入れ、最初は1000円て言われたけど、600円に値切ったよ」と言って喜んでいると、他の店で200円くらいだったりして、真実は神のみぞ知る。自分が納得する値段が、正しい値段。

 「写真モデル」
  もちろん、水着モデルってことじゃなくてね、当然。
  モロッコなんかで、民族衣装を着たじいさんが、道端にぼーっと立っている。めずらしい、きれいな衣装だから、つい、つられて写真をパチリ。その瞬間、じいさん豹変。「オラ、写真撮ったろ。撮影料よこせ。」バスケットボールのディフェンスのようなしつこさで、付きまとう。相場は1000円、めちゃくちゃ高い!しかし、払うまでは離れてくれない。
  他には、サルを首縄つけて散歩させてる人。わざと、サルをこっちへ向けて、けしかける。「写真撮ったな、餌代よこせ。」町の片隅に、つながれているラクダも、自称「モデル」。撮った瞬間、脇に隠れていたおやじが出てきて、撮影料の請求。そもそも、町の中にラクダなんているわけないんだから。

 「電話屋」
  モロッコでの話。公衆電話の前に陣取っている20代くらいの男。
 「電話かけたいなら、カードを売ってやるよ。」って。で、500円くらいで”新品のカード”を買う。それで、電話をかける。なぜか、つながらない。男に文句を言う。
 「カード見せてみな」と言って男がカード(新品)をうばう。すると、あら、不思議!!!。わたしたばかりの新品カードを手の裏で、マ○ー司郎もびっくりするような下手な手つきで、使いきった古いカードと交換してる。で、その古いカードを見せて「カードが終わったから、かからないよ。新しいの買いな」って。あんた、言葉が通じないのをいいことに、セコ過ぎる。


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# by akogarehotel | 2005-01-04 16:31 | あちこち旅行記 | Comments(0)