2113. 受験戦争今昔(9) 『駿河大帝国』 平成30年1月

受験戦争今昔(9) 『駿河大帝国』 平成30年1月



高校時代の勉強は、

1年: 特になし

2年~:Z

3年~:駿台

当時の「王道」です。



………



Z会は通信添削。

問題が送られてきて、解答して送り返す。数日後に採点されて帰ってくる。

点数上位者がペンネームで雑誌に掲載される。高校生には熱い楽しい戦い。まさに「競技」。


問題は超ハイレベル。2時間かかって、やっと1問解けるかどうか、という問題。しかし、楽しい。なんてったって「試合」だから。勝てば楽しい。

負ければ悔しいけど、次はがんばるぞ、となる。

理科・数学・英語を3年の12月まで続けた。


このZ会は当時、ほぼ全ての優秀な学生が利用していた。大学に入ったら、

「お前のペンネームって、○○○なの?」と、話が通じる奴ばかりだった。

(しかし、現在のZ会は、地に落ちた。進研ゼミの客を奪おうとして、レベルを落としたと推定。そんなんじゃ「格」が維持できない。)



………



高校3年からは、わざわざ駿台予備校へ通うようになった。

これは僕としては非常に例外的に、親に感謝している点だが、駿台予備校へ申し込みをしてくれて、新幹線通学を許可してくれた。



駿台予備校、英語(現役生):

一番苦手な英語を補強するための「練習」。


浪人生のクラスは市ヶ谷にあるが、現役生は御茶ノ水校舎(東京)にある。

週に2回(月金)、夕方6時から8時まで。

前橋からお茶の水までは、約2時間。

6時間目まである高校の授業を、5時間目で早退。そのまま新幹線で御茶ノ水へ直行するとギリギリ6時に到着する。帰りももちろん新幹線。自宅に帰りつくのは午後10時。片道2時間の「通学」だが、往復の新幹線では、あえて勉強せず、休憩時間とした。



高校の担任は多胡先生。

奇跡の3年7組の担任。化学の先生。僕の史上最高の先生。「学校の先生になりたい」と思わせられた先生。


僕が毎週早退するのを多胡先生が気持ちよく見ているわけがない。しかし、

 「出席日数には気をつけろよ」

と、一言だけ。涙が出そうだ。



当時の前橋高校は(今でも同じと思うが)、非常に驚異的に「封建的」。

 学校のルールを守れ。

 守れない奴も守れ。

 学校を尊敬しろ。

 大学受験はその次でいい。

受験と全然関係ない授業を高校3年生ですることが多いし、2学期後半に体育大会とかあるし、受験の前日に卒業式あるし、、、


教育後進国のグンマーを象徴するような、「非」進学校。

それでいて、東大に数人合格するんだから、生徒の質がいいんだろうね。



そんな高校の中で、多胡先生は光ってた。生徒のことを本当に考えてくれる。


たとえば、

僕は多胡先生(化学担当)が大好きなので、共通1次試験(センター試験)で化学を受験したいと言った。ところが、多胡先生は

 「化学よりも物理のほうが、100点を取りやすいから、物理にしろ。」

と。

それは僕自身もわかっていたが、先生に言われて、納得して物理を受験した。


また、たとえば、

共通一次試験のあと、

校内1位の僕は、東大理Iや理IIなら間違いなく合格する。しかし、東大理IIIは難しい。

学校側としては、「東大に何人」という数字が大事だから、僕には受かるであろう理Iを受けて欲しい。理IIIなんて受けないで欲しい。


多胡先生 「アオヤマ、お前、どうする?」

私     「親が理IIIにしろって」

多胡先生 「そうだよな。」

二言で終了。


その後の職員室で肩身の狭い思いをしている多胡先生の姿が目に浮かぶ。

ちなみに、同じ3年7組のサカタ君も、東大理Iなら合格間違いなしなのだが、僕と一緒に理IIIを受験。結果は不合格。

「東大合格者を2人減らした担任」なんて言われてるのかも。


そんなこという奴は死ね。



………



そんな多胡先生の暗黙の了解があり、平日の御茶ノ水に堂々と通学した。

結果的には、もちろん大正解。

苦手な英語をこれで解決できたので、残りの時間を得意科目にあてることができた。まさに作戦勝ち。


また、現地へ通うことにより、受験の雰囲気も感じられた。これが一番大きいと思う。

東大へ合格するような人たちの雰囲気って、こういうもの?って。


200人くらい入る教室の席順は、成績順で決まっている。

2ヶ月ごとにテストがあり、その結果で席順が変わる。これは、超刺激的だったね。



………



高校3年の夏に水球部を引退。

(これができるから、水泳は便利。)


その後は、ひたすら勉強という競技に没頭。

駿台予備校とZ会。そのおかげで、毎月の模試では、群馬県で1番以外は取ったことがない。

しかし、それでも全国で100番に入ったことは一度もない。最高でも150番くらい。東大理III(医学部)の定員は90人。さすがに、もう一年必要だろうね、とは自覚していた。


同じく、県で2番しか取ったことがないサカタ君は同じクラスの仲良し。

サカタも、東大医学部しか受けないと言ってる。お前、俺より成績悪いのに?なまいき。






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by akogarehotel | 2018-02-01 18:09 | 子育てられ | Comments(0)  

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