2133. あちこち旅行記「そうだ東北いこう」 平成30年3月

あちこち旅行記「そうだ東北いこう」 平成30年3月



僕の父親は福島県の郡山市出身。


8人兄弟の末っ子だった僕の父親だけが、群馬へ転居。残りの7兄弟は郡山にいる。

もちろん、その7兄弟に「群馬へ引越して来い!」と何度も要求しているが、残念ながら動く気配がない。

だから、僕は福島県には募金しない。

というのは震災後の話。



もちろん、震災前から、僕が物心つく前から、郡山の親戚には非常にお世話になっている。東北の人間は、前橋の人間よりもとても人懐っこく、子供からするとこの上ない遊び相手になってくれた。


その恩があるからこそ、前橋へ引っ越せ、と訴えているのだが。



………



小学6年のとき、前橋から郡山まで一人旅をした。

小学4年生以来、あちこちへ電車で乗りまわっているので、親ももう文句を言う理由がない。「親戚によろしく。迷惑かけるな」くらい。


僕の目的はもちろん「いい旅チャレンジ」。

ただ郡山を往復するだけではつまらない。寄り道をして路線数を稼ぎたい。

このときの経路は、

f0131183_19491815.png

往路:

新前橋-(上越線)-小出-(只見線)-会津若松-(磐越西線)-郡山


復路:

郡山-(磐越西線)-新津-長岡→



遠回りすることによって、3路線に乗れるうえに、只見線や磐越西線のような景色のよいローカル線を経験できる。

f0131183_19494786.png

(しかし、現在は、大雨か地震のため崩落。復旧の予定なし。)

f0131183_19500569.png


この旅行のことは、夏休みの課題として作文で提出した。

が、その作文は紛失。いい思い出になったろうに。

その記憶を頼りに、


夏休みの朝7時。大人たちが平日で、そこそこ混雑している新前橋駅を小学生が一人で出発。

今なら新幹線で30分くらいの越後湯沢。当時は鈍行列車でゴトゴトと。

渋川を越えれば通勤ラッシュはない。快適な車内で、爽快な景色。群馬新潟県境の渓谷の中を、ちょっとしたジェットコースターのように走る列車。子供ながらにも、自然の山々に見入っていた。



水上(みなかみ)を越えると、「るーぷでなだかいしみずとんねる」がある。

ループ状のトンネル。よくこんなものを造ったよね。

トンネルの中には駅もある。土合駅(どあい)。谷川岳の玄関口です。

トンネルを越えたら、そこは雪国だった、はずの新潟県。その物語の場所ですが、今は夏。暑い。



越後湯沢を越えて、小出駅で下車。

ここから只見線に乗り換える。

ここが只見線の始発駅なので、そのへんの大人に声をかけて、「いい旅」用の写真を撮ってもらう。偉い小学生だよ。

只見線は、これぞローカルというローカル線。単線のため、すれ違い用に「通行証」のようなものが存在し、すれ違う駅で運転手どうしが交換する。

だから、全線で2,3ヶ所あるすれ違い待ちの駅では停車時間が非常に長い。

しかし、電車を降りて、ホームから遠い山を眺めているだけで、何も退屈しない。

本当に、視界のなかには山と空と水しかない。あと電車と鳥。

(自転車で行ってみたい。あの頃が懐かしい。)



2,3ヶ所のすれ違い待ちの末、小出から3時間くらいかけて、会津若松に到着。

写真を撮ってもらい、磐越西線に乗る。

猪苗代湖、磐梯山を眺めながら、夕方近く、郡山駅(こおりやま)に到着。


郡山は、福島県の第二の町で、電車的には最大のターミナル(ハブ)駅。

群馬でいうと、高崎と似ている。

駅舎は大きく、駅前は活気があった(当時)。



郡山には父方の兄弟が多数いる。料亭をやってる人、ホテルを経営している人など。なので、泊まる場所や食事場所には全く困らない。みんなが、

 『 うちへおいで、おいで。 』

と言ってくれる。子供ながらに、「こっちの人は親切だな」と感じた。



従兄弟の料亭に泊めてもらい、翌日はまた一人旅。

猪苗代湖、会津若松、喜多方を一回りしてきた。

白虎隊がどの時代なのか知らずに。野口英世が何をした人なのかも知らずに。



その後、さらに数日お邪魔して、さあ帰る。

帰りは、郡山始発の磐越西線に乗り、ひたすら西へ。会津若松を越えたら、イタイイタイ病で有名な阿賀野川に沿って、新潟県の新津(にいつ)へ。

ここが磐越西線の終点(または始点)。


写真を撮ってもらったら、長岡方面の電車へ乗る。電車には上越線「水上行」と書いてあるが、長岡までの路線の正式分類は信越本線。

そんなことどうでもいい?


新潟の特徴ある田園風景を眺めながら、ひたすらまっすぐな線路。

このあたりはコシヒカリの産地。道も電車も、完璧に区画整理された田んぼの中を、ひたすらまっすぐ走る。

田んぼの脇には「ハンノ木」が立っている。知ってる?小学生のテストにも出る、米ワラを乾燥するのに使う木です。

上越国境の山が近づいたかな、というところが長岡。

長岡で下車する。


なぜか、このとき、父親が長岡駅に迎えに来た。

前橋の自宅から、高速道路のない時代に、3時間以上もかかるのに?理由は覚えていない。



3県にまたがって、200km以上の電車旅。上越線、只見線、磐越西線をクリア。

小学生が、よくも一人で出かけたもんだ。

楽しかったなぁ…



………



翌年も、というか、「いい旅」がある以上、毎年のように郡山に出かけた。

いわゆるひとつの拠点ですね。



中学1年のときは、小学生の妹を連れて行った。

妹がいたって、もちろん、遠回り。今度は東回り。

f0131183_19493284.png

前橋-(両毛線)-小山-(水戸線)-水戸-(常磐線)-いわき-(磐越東線)-郡山


出発前に、両親が、僕には何も言わず、妹にだけ、

 『 お兄ちゃんの言うことをよく聞けよ 』

と何度も言っていたのを覚えている。



朝7時に新前橋を出発。前橋、伊勢崎、桐生という地方小都市を通過。平凡な景色だ。でも、電車に乗っていれば楽しい。


小山は栃木県のハブ駅。宇都宮よりも乗り換えが複雑。

東北線に乗れば郡山へ直行できるのに、あえて遠回りの水戸線。ローカルなので、乗り換え番線も駅の端っこのほうに置かれている。不遇だ。


水戸線も、結城、友部などの地方小小都市を通過。同じく平凡な景色を見ながら、水戸へ到着。

水戸からは常磐線で「いわき」駅へ。


「いわき」は当時唯一のひらがな表記の駅。

もちろん、競輪場があることなど当時の好青年の僕が知る由もないが、

「いわき」に行ったのは、これが最後。もったいなかったな。

地図上は海岸近くを走る常磐線だが、あまりその記憶はない。


「いわき」からは、待ってました、ローカル線の磐越東線に乗り換え。阿武隈山地のなかをうねうねとノロノロと通り抜け、終点の郡山へ。

ほぼ一日かけて、親戚の待つ郡山へ到着。



両毛線、水戸線、磐越東線をクリア。

あまり興味のない妹がよくも付き合ってくれたもんです。



………



僕が郡山(福島県)のことをうるさく言うのは、こんな訳があるからなんです。







[PR]

by akogarehotel | 2018-03-02 19:47 | あちこち旅行記 | Comments(0)  

名前
URL
削除用パスワード

<< 2134. あちこち旅行記 「... 2132. あちこち旅行記 「... >>