2018年 02月 06日 ( 1 )

 

2119. 受験戦争今昔(13) 『最終試合』 

受験戦争今昔(13) 『最終試合』 



 「 おい、二次試験を含めて6000円って言ったろ 」



という、ひと悶着は置いといて。



すぐに二次試験がある。

小論文と面接。


 「 二次試験は、病的な性格の持ち主を排除するため 」


というのが当時の通説だった。当然、何も準備していない。

「なぜ医者になりたいのか」だけ考えておいて、試験会場の日吉へ。



ちなみに、ホテルはまた池尻大橋。

再び、先日のゲーセンで夜を過ごし、再び、先日の定食屋で夕食を食べ、

再び、田園都市線のラッシュで渋谷から日吉へ。


小論文の題名は記憶にない。もしかして「医者になりたい理由」だったかも。

面接の内容も覚えていないが、こちらでも「医者になりたい理由」を聞かれたかも。




★★★



ちなみに、面接試験は医学部の医者が担当する。


僕が大学病院勤務だったころ、先輩医者が「今日は面接の試験官だよ、めんどくせー」と言って出かけていった。

彼は正しい。

5分程度の面接で人間の優劣を判断できるはずがない。点数をつけられるはずがない。そもそもが、面接で振り分けようということ自体が間違っている。

だから、面接は「異常な性格」「異常な思想」を持っている人間を排除することだけが目的。

そんな仕事はめんどくさい。入院患者さんの仕事を放り投げて行くべきことではない。



面接で子供を判断して、合否を振り分けるなんてのは、完璧に大人の暴挙。思い上がり。

そんなことをする学校のほうが「異常」だ。

「総合問題」という名の下に、そんなことをする学校が少なくない、というのは困ったものだ。



★★★



「日吉にある大学」の二次試験の合格発表の前に、東大の入学試験があった。



3月3日。

東大の試験は本郷で行われる。

御茶ノ水のビジネスホテルを予約してもらった。ここからなら、歩いていける距離だ。


前日、試験会場をスクーリング。

周りにいる人が、みな東大生かと思うと、自然に背筋が伸びてくる。

ひとしきり「観光」したあとは、恒例のゲーセン探し。

というか、探す必要がない。

大学の目の前には、ゲーセンがずらーーっと並んでいた。もちろん、今のような大規模のものではなく、50円のテーブルゲームばかり。

「大工の源さん」と「熱血硬派くにお君」(パチンコではない)があったのを強烈に覚えている。



試験は、惨憺たる内容。

数学ができなかった。得意種目で得点できない。先行選手が後方7番手で何もできずみたいなもの。これでは論外。桜田門外。

理科英語はまぁまぁなので、来年なら大丈夫だろうな、とは思ったけど…



………



ふたつの大学の合格発表が出ないうちに、もうひとつ大事な試験がある。今期の最終戦。



駿台予備校。

入塾試験に失敗すると、理3アルファクラスに入れない。

気持ち的には、ここが本命。本心からの本命。

大学の発表なんて待たなくていいから、予備校の近くに、さっさと下宿先を探して引越ししたいくらいだ。


試験内容は上々。というか、完璧。

こちらは、早々に結果発表があり、無事に理3アルファ合格。

大学の発表前に駿台入塾を申し込むと、割安料金だという。申し込んじゃってもいいよ、と親に言ったら、まぁ待て、となだめられた。



………



3月中旬。

「東京タワーの近くに本部がある、育ちと品のいい、芦田マナが将来通うであろう大学」の二次試験の発表は、三田校舎に掲示された。

なぜか見に行った。

大学生のおねいさんが見てくれることになっていたが、(信用できないので?)見に行った。



結果は、 「補欠」

二次試験受験者は180人。そのうち、60人が「合格」、60人が「補欠」、60人が「不合格」という。素直に一次試験の点数順だと思う。


定員が65人なんだから、「補欠」はほとんどが無理だと思っていた。



ところが、約7日後、「補欠」が「繰上げ合格」になる連絡が来た。

そして、その3日後、東大は「不合格」だった。


受験戦争は終了した。

通算戦績 6戦5勝





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by akogarehotel | 2018-02-06 23:21 | 子育てられ | Comments(0)