2018年 02月 24日 ( 1 )

 

2128. あちこち旅行記 原点 平成30年2月

あちこち旅行記 原点 平成30年2月



自転車休養中でブログが進まないし、何か違う話でも。

50歳を越えたので、自分的には昔話を解禁。遺書みたいなもんだ。



………



その昔、JRがまだ「国鉄」(国有鉄道)といわれていた時代。

「いい旅、チャレンジ2000km」というイベントがあり、日本全国の国鉄路線を走破すると景品がもらえた時代。



その頃、小学生だった僕の愛読書は、時刻表と宮脇俊三。

時刻表を、本当に隅から隅まで読みつくした。現地の人しか気にしないようなローカルバスの欄から、最後には、巻末の温泉旅館の広告まで読んでいた。

電車の時刻なんて、数年に一度しか変わらない時代なのに、2ヶ月もすると、また新しい時刻表を買ってもらっていた。


そんな小学生の頃の話から。



………



人生で最初の旅は、小学校の友達数人と。

おそらく4年生くらいだったはず。


焼肉屋の金ちゃんと、その他数人の仲良し小学生だけで、

 「電車で高崎へ行こう」

と。まるで、スタンドバイミー。



僕らの住んでいる新前橋から、大都会高崎までは、10kmの距離。

自転車でも行けるし、歩いたこともある。

電車で行けば、たった2駅。10分で着く。小学生の電車代は片道30円くらい。

お金を持っていない小学生が、子供たちだけで高崎に行って何をするわけもない。ただ単に、電車に乗ってみたいだけだった(はず)。



そもそも言い出したのは、僕ではなく、焼肉屋の金ちゃん。

当時、モテモテの転校生だったスポーツ万能の金ちゃんが、


 「電車に乗ってみようぜ。大丈夫だよ、新前橋駅の1番線の電車に乗れば、高崎へ行くから。」


と、非常に説得力のあるお言葉。

当時、割と、親の目を気にしていた僕が、親に秘密で、100円玉を握りしめて新前橋駅へ。友達を合流し、片道の切符と、数10円のお釣りを大事にポケットに入れて、うきうきわくわくの旅行気分。


そして、金ちゃんの言うとおり1番線へ。

誰も電車の時刻なんて気にしていない。僕も含めて、時刻表を読める小学生なんていない。駅に行けば、「いつか」電車がくる、そう思ってる。

いつ来るか分からないけど、友達どうしでわいわいやってれば楽しいことには間違いないので、いつまででも待てる。今のように、ゲーム機なんてなかったけれど、いくらでも待てる。


でも、そんなに待っていた記憶がない。おそらく数分の待ち時間で、


   1番線に電車がやってきた。


そして、当然、みんなで乗り込んだ。

そして、電車が発車した。



あれ?



いくら小学生でも、高崎がどっちにあるかわかる。

というか、今来た電車が、今来た方向に戻っている!

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新前橋駅には、両毛線(前橋栃木方面)と上越線(渋川沼田方面)の路線が乗り入れている。

ほとんどの電車が高崎を起点に運行しているので、沼田から来る電車も、栃木から来る電車も、ほぼ全ての電車が高崎へ向かう。



「ほぼ全て」ということは、例外がある。


ごく稀に、栃木方面から来て、沼田方面へ向かう電車がある。

当時の時刻表では、1日に2本くらい。


この電車は、栃木から来て沼田に向かうが、新前橋駅では例外的に1番線にとまる。



えてして、

親の目を盗むときは、こういう例外にぶつかるもんだ。


 『 どうしよう、違う方に向かってるよ! 』

 『 金ちゃん、違うじゃんかよ! 』


と、文面的には怒って慌てているような文章だが、顔は笑っている。

子供は強い。


ゲーム機がなくとも、友達同士で(まわりにうるさいと思われながら)ワイワイと慌てて、

でも、見たことがない車窓の風景に見入りながら、

目的とは逆方向に向かう電車に一駅だけ乗車した。



着いた駅は、群馬総社駅。

ここどこ?


大人の前橋市民でもあまり縁がない。子供ならなおさら。

榛名山が近い。どんだけ、山奥に来てしまったの?(くどいけど、隣の駅ですが。)



駅員さんに事情を話す。

昔は駅員さんがたくさんいて、子供でも話がしやすかった。今は自動券売機ばかりだから、人間を見つけること自体が難しい。


優しい駅員さんの対応で、

切符はそのままでいいから、次に来る電車で戻ればいい、とのこと。



しかし、

次の電車?

1時間もあるけど…



駅前の駐車場で、何をしたか覚えてもいないけど、それほど不満もなく1時間を過ごした記憶。

子供って強いよ。

1時間後、駅員さんに指示されて、間違いなく新前橋方面の電車に乗車。

そして、間もなく新前橋に到着。


『 もう高崎に行く時間がなくなっちゃったね。 』


人生初旅はこれで終了。

目的地(高崎)にはたどり着かず、でも楽しい記憶とともに、家へ帰った。

片道ぶんの切符代しか払っていないことを、非常に申し訳なく感じていた。だから、その後、国鉄には貢献しつづけたのかもしれない。







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by akogarehotel | 2018-02-24 13:26 | あちこち旅行記 | Comments(0)