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2018年 03月 27日 ( 1 )

 

2140. あちこち旅行記 「あてのない東北北海道」 平成30年3月

あちこち旅行記 「あてのない東北北海道」 平成30年3月



数年前、草津でサイクリングをしていると、後輩が電話してきて、


「今、仙台にいます。すぐ来てください」


と言われ、急いで駆けつけたことがある。

というのも、同じようなことを以前、逆の立場で、やったことがあるから。



当時、神奈川県の厚木あたりに住んでいた大学生のキヨシ君に、駅の公衆電話から電話した。携帯電話なんて存在しなかった時代だ。


僕 「今、みんなで遊んでいるから、来ない?というか、来い!」


キヨシ 『 え、どこのにいるの? 』


僕 「 盛岡 」



★★★



大学4年の夏休み。

中学の同級生のウッチの提案で、東北へ旅行した。


メンバーは3人。ウッチは都内の大学へ通う4年生。ゲッチャンは福島県郡山市の大学に通う4年生。僕も4年生で、当時、上野近くに住んでいて、セフィーロという名車を買ったばかり。3人とも中学(前橋市)の同級生だが、高校は別々。


ウッチ 『 せっかく車を買ったんだから、東北方面へドライブしよう。適当に走って、適当なところで民宿を探して泊まろう。行ければ、北海道まで行っちゃおうか。 』


僕は「乗り鉄」を自称している。

乗り鉄の常として、時刻表には精通しているし、それは言い換えれば、予定はすべて時刻表のように分刻みで計画されている。2分ごとに来る山手線でさえも、何時何分の山手線に乗る、と予定を組む。


「車を適当に走らせて、宿を探す」なんていうテキトーな旅行は僕のポリシーにない。


しかし、仲の良い同級生の意見なので、渋々従った。仕方ない。



………



夏の日の夜明け前、ウッチと二人で上野を出発。ひたすら北へ、北へ。

途中、福島県郡山市で、ゲッちゃんを乗せる。3人になっても、ひたすら北へ、北へ。

体力に自信のある大学生だから、何時間運転しても大丈夫だ。意味もなく東北道を北上した。


しかし、東北ってデカイ。

東京から郡山だって、一応、「遠いところ」という意識があるが、

そこから北へ行っても、えんえんと道は続いている。


結構走ったと思って、仙台。

ずいぶん来たぞ、と思っても、盛岡。

走り続けて、いつのまにか夕方だぞ、で八戸。

まったく寄り道せず、ただ走り続けた。セフィーロご苦労。


ウッチが、そろそろ宿を探そう、と言ったのが青森県の三沢。東京から800km

真っ暗ななか、電灯の光をたよりに市街地を放浪。ネットのない時代だから、足で探さないといけない。

やっと見つけた親切な小さな民宿。

8時過ぎなのに夕食を出してもらった。

空を飛行機の音が何度も聴こえた。


夜は、当時、大ブレイクしたばかりのファミコン

テレビに、ドライバーを使ってコードを接続するという原始時代だったが、遊びのためなら面倒くさがることはない。



………


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翌朝、さらに北へ。

青森市には向かわずに下北半島へ。

下北半島の先っぽ。言い換えれば本州の先っぽへ来た。

ここからはフェリー。海の向こうに見えそうで見えない函館へ。


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人生初のフェリー、というかもしかして人生初の客船。

大きな船底に愛車を停めて、デッキへ。車がひとりぼっちでさびしそう。

大きな船なので、揺れてるようで、揺れてないようで。

船のスピードのおかげか、風が強い。真夏の快晴だけど、まったく暑くない。



あっという間に、対岸の函館へ到着。初北海道。

船に乗ってる人の全員が「はるばる来たぜー」と心の中で歌ってる。



函館。

早めに宿を決めて、あちこち観光へ。


五稜郭。

戦争の事情は知らないけど、きれいな星型の現代城。

戦国武将とは関係ない城だけど、幾何学的な形に感動した。たくさんの観光バスにもびっくりした。

五稜郭近くで「いかそうめん」を食べた。今回の旅行で「いか好き」の僕が絶対に譲れない項目。いか、大好き!


四稜郭。

五稜郭から車で30分のところにある、パロディーではなく本当の明治時代の城。

幾何学的な4角形、、、、って、つまり普通の城。なので、観光客もまばら、というか皆無。なんだ、この差は?!

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トラピスチヌ修道院。

こちらは、ウッチの譲れない項目。バターナントカを買ってくるように頼まれたとのこと。あやしい。理由が不純だ。

あまり宗教的なものに興味がないので、買い物だけして終了。



民宿に戻って夕食。

いかなどの海鮮づくし。肉が好きなはずの若者だけど、十分に満足できた。



夜、さてお約束。

函館山。

ロープウェイで山頂へ。

「夜景なんて、所詮人工物でしょ?一歩ゆずって、彼女とみて、テキトーに「きれい!」って言っとけばいいやつでしょ?」

と思ってたら、全然違う。

なにこれ。

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全面の明かり。函館半島の形に沿って、きれいに黄色く色塗りされてる。

イルミネーションなんていう言葉のなかった昭和の時代なので、この感動は忘れられない。男だけで見ても、十分に思い出になった。


帰りは歩き。男だけなので、体力使え。

そして、宿に戻って、夜中までファミコン。

短く濃縮された北海道の一日。競輪場や競馬場なんてものは全く気がつかなかった。



………



翌朝、早朝のフェリーで青森へ。


よくわからず、有名な観光地ということで、まずは恐山(おそれざん)へ。

イタコが死者を呼び起こすという恐い山。

一面、白い砂利と白い砂と白い山肌だったような。厳かな雰囲気で、よくわからない煙が立っていた。観光バスはほとんど見かけなかった。



そのまま南下して、奥入瀬渓谷から十和田湖へ。

ただの川だけど、なんだかすごい。夏なのに暑くなく、静かな場所だった。



さらに南下して、岩手県。

小岩井牧場へ。大学生が思いつきそうな単純な観光地めぐりだ。

しかし、到着したのが夕方。もう閉園だった。ただの森を外から眺めて終了。

そして、本日の宿を求めて、盛岡市街へ移動。

大都会盛岡では、難なく宿を見つけられた。



………



さて、冒頭のキヨシ君を迎えに、盛岡駅へ行こう。

この日の朝、函館を出るときにキヨシ君の下宿先(神奈川県相模原)に電話した。

 

「夜7時に盛岡駅で待ってるから、よろしく」


約束どおりに、7時の新幹線でやってきたキヨシ。

尊敬しますね、ホント。


キヨシ君は中学と高校の同級生。諸事情により3浪しているので、大学1年生(医学部)。中学時代はエースで4番。高校時代は水球で、いわゆる「代表レベル」のゴールキーパー。自慢の同級生です。


 『 お前ら、こんなとこで何してんの? 』


と、実は、うれしそうなキヨシ君。

大食いのキヨシが来たので、わんこそばへ行こうとしたが、どこも満員。常識的には予約しないとほぼ不可能らしい。仕方なく、普通の居酒屋へ。

そして、恒例のファミコンで遊んでから就寝。



翌朝、岩手県の名所中の名所、中尊寺を目指す。

僕らは中学の同級生。

中学時代の修学旅行は中尊寺。あれから7年。

すっげぇ久しぶりに、また行こうぜ。(今にしてみれば、たったの7年。)


が、道路が大渋滞。

この旅行で初の渋滞。夏休みだから、というよりは、中尊寺だからかな。

さっさとあきらめた。



そのまま南下して、一気に仙台松島へ。

ここも修学旅行で来たところ。なんだか思い出をめぐる旅になった。



松島のあとは、石巻へ。

大震災で崩壊する前の海岸線を男4人でドライブ。群馬県民は海を見れれば十分。それが「リアス式」ならなおさら文句なし。

「これが教科書にあるリアス式か!」

その夜は、石巻の民宿で海鮮三昧。



………



翌日、福島県に入ったところで、北上川の土手へ。

単に「北上川」が見たいから。

ここも大震災で有名になってしまいましたね。


福島市から、山道を抜けて五色沼を過ぎ、裏磐梯を越え、猪苗代湖へ。

猪苗代湖って、子供の頃から何度も見ているけど、本当に海みたいだ。日本で3番目に大きい湖。

まさに東北地方全部のせみたいな旅だ。



その夜は福島県郡山市へ。

ゲッちゃんの家に泊まる。久しぶりに、無料の宿泊だね。



翌日、郡山市にある僕の親戚の「料亭」へ。

以前は「大衆食堂」だったのに、あっという間にリフォームして割烹料亭になった。

近くに行ったので、挨拶に寄ったら、


『 ごちそうするから、食べていけ。 』と。


東北の人って、ホント、やさいいんですよね。

大衆食堂ではなく、割烹料亭のフルコースをごちそうになった。大学生にはもったいないな。



そして、ゲッちゃんに別れを告げて、東京へ。

5泊6日の長ーーいドライブでした。

セフィーロ、ご苦労。


今回の旅行のおかげで、あてのない旅って意外と可能なものだね、と認識した。

その影響で、、、(つづく)






by akogarehotel | 2018-03-27 18:45 | あちこち旅行記 | Comments(2)