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2183. 福井県の水球事情(福井国体、水球) 明治150年9月11日(火)

福井県の水球事情(福井国体、水球) 明治150年9月11日(火)



今日だけ、金沢は福井県。

今年だけ、福井では平成30年ではなく、明治150年。


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水球を応援するために、福井しあわせ元気国体(金沢)に行ってきました。

応援するのは福井県チーム。

より正確に言うと、福井県チーム監督のフクシマ君を応援するために。



★★★



福井県の水球事情。


20年前、

県内では唯一、科学技術高校(脇本の母校)に水球部があり、30mプールもあった。

同時期に、社会人の水球チーム『福井水球クラブ(FWAP)』という、ゆるーいチームがあり、高校生と合同練習や、県外遠征など、細々と活動していた。


しかし、科学技術高校の水球顧問の先生が転勤となり、また『福井水球クラブ』の代表、つまり僕が群馬へ転居してしまい、いつの間にか、福井から水球が消滅してしまった。

それから10年以上。



………



4年前、

福井国体(水球)の開催が決まった。


水球部門強化監督として、『福井水球クラブ』時代に、「ほぼキャプテン」だったフクシマ君が選出された。

「ほぼ」というのは、福井水球クラブには「代表」と「宴会部長」という役職はあったものの、「キャプテン」とか「監督」とかいう役職はなかったから。学芸大学水球部出身のフクシマ君が「ほぼ」実質的にキャプテンとしてチームを牽引していた。

国体水球チームの育成には、同じく『福井水球クラブ』の主要メンバーだったミズモト君とクラノ君も加わったが、、、



そう簡単にいくものではない。


だって、まさにゼロの状態だから。

国体開催が決まった時点で、福井県の水球人口は、「ほぼ」ではなく「完璧に」ゼロだったから。



まずは、小中学生を中心にメンバーを集めて、

最初は、プールでまさに「ボール遊び」。

長い年月を経て、試合ができるようになり、

だんだんと県外遠征などして…



群馬県で水球をやっている人間なら、「前橋商業高校」の強さを知っている。

それ以上に、「前橋商業高校」の練習の厳しさを知っている。

そして、厳しい現実も。

あれほど練習をやっているのに、全国で勝てない時期もあることを。

練習が厳しすぎて、生徒が合宿所から逃げ出してしまうことも。あまりの熱心な指導のために、体罰問題となることも。


ちょっと水球をかじった人間なら、みんな知っている。

たかだか数年の育成で、全国で戦えるチームなんてできっこない。

練習の厳しさでメンバー不足になるか、

練習がぬるいなら、全国では50対0で負けるチームになるか。



そんな苦労と気苦労が予想されるフクシマ君たちに、せめてものお詫びとして、

(群馬に引越してしまい、水球そのものを丸投げしてしまったお詫びとして)

試合用の「キャップ」をプレゼントした。選手が試合用にかぶる帽子のことで、全選手ぶん(16人×2(いわばホーム&アウェイ用))で、10万以上になる。


『特注で福井県のマークもプリントしたら、なんだか高額になっちゃいました』


というフクシマ君。

まぁ、許す。



………



チームの育成状況は、フェイスブックで知ることができる。

今年の春の時点で、対外試合ではそこそこ戦えているとの報告。

京都や市立金沢などの強豪には勝てないものの、中堅どころには勝てるようになっていると。

しかし、国体に出場するのは、その京都や金沢だから。。。。



★★★



そして迎えた国民体育大会水球部門初日。明治1509月11日。


福井県内には水球用の公式プールがない。新しく建てるお金もない。

おかげで、こんな豪華な金沢プールを使わせてもらえる。

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対戦相手は優勝候補の東京。くじ運がいいのか、悪いのか。

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イタリア人監督のようにベンチから立ち上がって、指示を飛ばすフクシマ君。熱い男。


8分×4の1ピリオドめは、

 0-2


これで十分。予想以上の奮闘。よく守った。

(前橋高校が前橋商業高校と対戦すると、1ピリオドで7,8点取られる。)


たった3,4年の育成で、泳力をつけるだけなら簡単。しかし、それでは水球の守備力にはならない。東京チームを相手に、これだけ守れるということは、泳ぐだけではなく、基本的な巻き足、位置取り、水中でのつかみ合いなど、非常に細かい点まで練習させているということ。

さすがフクシマ君。



だが、さすがに東京の壁は高い。

 4-13 で敗戦。


試合後の整列↓

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その後、開催地ということで、フクシマ監督に特別インタビュー。

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…あとで、フクシマ君、

『 いきなりインタビューされて、これまでの人生が走馬灯のように頭をかけめぐりました。俺、死ぬんかな、と思った。』



↓お土産を抱えた旅行者と、名監督のツーショット。(僕の身長は170cm)

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『とりあえず、疲れた』と、素直なフクシマ君。



↓翌日の福井新聞。

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15年ぶりに福井県にできあがった水球チーム。

しかし、国体終了とともに解散。今後は未定。

せっかく燃え上がった小さな火を消さないで欲しい。


無理かな?



★★★



群馬県チームの話。

せっかく金沢まで行ったので、群馬県チームも応援しといた。

というか、なぜか最近、非常に親切にしていただいているスワベ先生のピッタリマークで。



スワベ先生は、分かりやすく言うと、群馬のヤマネアキラ(失礼)。ただし、中身のあるヤマネアキラ。

本当に素晴らしい指導者で監督という意味。周辺からは当然、尊敬され、畏怖されている。


僕が高校生のころ、前橋商業という高校を率いて何度も全国優勝しているし、群馬国体では群馬チームの監督として優勝した。現在は群馬県女子チームの監督のほかに、小学生中学生の男子の育成にも関わっている。


弱小チーム出身の僕にとっては、言葉を交わすのもはばかられる存在なのだが、

僕の「会うたびに丁寧に挨拶する」作戦が実って、(そんなこと当たり前なわけですけど…)

最近、優しく話しかけてもらえるようになった。


全国優勝監督が、県内弱小チーム補欠の僕に、だよ?!



………



数ヶ月前、

スワベ先生から言われた。

 『アオヤマ君は福井に知り合いが多いんだろ。試合後もいろいろ案内してくれよ。あ、そうか、福井国体だけど金沢開催か、残念。』


泊まりで参加しろ、夜も付き合え、という意味らしいが、

試合日程が平日なので、良心的な社会人は非常に行きにくいんですが…


本物のヤマネアキラではないので、その言い訳は了承していただき、初日の試合観戦だけをお付き合いすることになった。



群馬 対 岡山

スワベ先生に引っ張られ、スワベ先生のすぐ隣に座って観戦。しかも、チームから、お茶まで頂いちゃって、まるでVIP待遇。30年前では想像もできなかった立ち位置。

試合中は、ひたすらスワベ先生の解説。

 『あそこで引いちゃだめだ。』

 『そこはゴール右へループだろ。外れても、次へつながる。』

 『このレベルの選手でも、気持ちで勝ち負けが動く』

全国優勝監督の解説だよ。

一言一言が、まさに金言だ。


結果は、群馬県チームの勝利。


『さぁ、今夜はおいしい酒が飲めるぞ』とスワベ先生。

今夜は、前橋商業の大人部隊と、金沢の町で楽しむようです。

楽しい優しいアキラさんです。


次の機会があれば、僕が接待さしあげたいのですが、むしろそんなことが失礼なくらいの身分の差なんですよね、本当は。






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by akogarehotel | 2018-09-14 18:38 | あちこち旅行記 | Comments(0)  

2172. 「モロッコ格安新婚旅行1999」(16) 僕らが旅に出る理由

「モロッコ格安新婚旅行1999」(16) 僕らが旅に出る理由



オザケンの歌ですよ。



………



予定もたてず、予約もせず、海外旅行に行くなんて、

まるで、竹槍で弓部隊に突っ込むようなもんだと、勘違いしていた。


こんなに楽しい冒険は、なかなかできるものじゃない。

こんなワクワクした経験は、人生でそうそうあるものじゃなかった。


その理由は、

「その場しのぎでも、意外とどうにかなる」という自暴自棄なものではないし、

「トラブルに遭遇したとき、どう対処するか」という修行的なものでもない。



そんなどうでもいい理由とは、全然違う。



ホテルを探すために、現地の人と接する。

移動手段がないから、現地で探索する。

食べ物を探して、そこらの路地裏へ迷い込む。

そして、人と出会い、人と「会話」する。


そうすれば、

宗教の違いに驚くこともあるし(こんなのは蛇足)、

自分とは違った価値観で生きている人間を目の当たりにするし、


でも、その中に共通点を見出すこともあるし、

敵対したまま敵で終わる人間もいれば、実は味方になる人間もいるし、、、


自分より優れている人間に出会うこともあれば、

自分より劣っている人間に会うこともあるかもしれないし(滅多にない)、、

自分より努力している人間、特に子供に出会うこともあれば、

努力のかけらもしていない人間、特に大人に出会うことも多々あるし、、。


たくさんの見えていないものが見えてきた。

他人が自分のことをどう思っているかも感じ取れる。

小さい意味では、目の前の外人が、僕のことをどう思っているのか。敵なのか、味方なのか。

大きな意味では、この国が日本のことをどう思っているのか。敵国なのか、味方なのか。



ツアー旅行を完全否定するつもりはない。

それはそれで、初心者用のとっかかりとして重要。プレシーズンマッチみたいに。


でも、自由旅行になれば、ツアー旅行の100倍以上のものが見えてくる。



と、まあ、

いちいち、こんなこと言わなくても、行ったことのある人にはすぐにわかる。

行ったことのない人には、残念だけど、全然わからないかもしれない。


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………



この新婚旅行を契機に、僕らは自由旅行にハマってしまい、

 モロッコ

 ミャンマー

 カンボジア

 モロッコ

 ウズベキスタン

 ミャンマー

と毎年1回、旅に出かけた。


夫婦ともに、休暇をとりずらい仕事をしているが、頭を下げてなんとかしてでも出かける価値はあった。


モロッコには2回行った。

どうしても、オマールにまた会いたくなったから。そのオマールが、僕らのことを忘れていなかったのが、とてもうれしかった。


↓場違い感満載のムラサキのターバンを巻いた僕と、オマール。

 「外人が浴衣を着ても似合わないよな」


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しかし、ミャンマーの2度目の旅行を最後に、もう海外へは行っていない。

その理由は、子供が生まれたからではなく、

ミャンマー旅行のときにデング熱に感染したから。


調子に乗って、農村部へ無防備に出かけてしまった。デング出血熱ではないので、死ぬことはなかったが、

楽しいからといって気軽に旅行するべきではないと反省した。



現在、テロの情報はかなり詳しく報道されているが、「病気(感染症)」のことはほとんど知られていない。

しかし、鳥インフルエンザ(超高病原性、感染したら死ぬ)が、中国、エジプト、サウジアラビアで流行しているのは間違いないし、東南アジアのどこかにSARSがいてもおかしくない。収束したはずのエボラ出血熱は、再びアフリカで流行中だし、アメリカでさえ、西ナイル脳炎という病気がある。


残念ながら、子供をつれて気軽に行ける場所は、なかなかない。

今は我慢。子供が大きくなるまで待ちましょう。



………



かわいい子には旅をさせろ

これは名言過ぎる名言だね。


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(ミャンマー旅行記へ続こうかと思ったけど、いい具合でまとまったので、しばらくお休みします。)






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by akogarehotel | 2018-06-23 00:02 | あちこち旅行記 | Comments(0)  

2171. 「モロッコ格安新婚旅行1999」(15) 帰還

「モロッコ格安新婚旅行1999」(15) 帰還



砂漠での楽しい二日間が終わった。たったの二日間だった。


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帰り道の写真。

町々にある市場。さりげなく撮った写真。店の人に話しかけたかったけど、なんだか失礼と思って遠慮した。


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帰り道にある観光地、トドラ谷。

オマールが気を利かせて、寄り道してくれた。

観光客に混じって、地元民とヤギが歩く。自分の体積の倍以上の草を背負っているヤギ。


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夕方、ワルザザートへ到着。

なんだか懐かしい。


ホテルロイヤルのモハンマド兄ちゃんがキープしておいてくれた部屋へ。

久しぶりにシャワーを浴びて、久しぶりに大の字で寝る。



………



翌朝、まだ暗いうち、

オマールにもう少しだけ、ご足労。

ホテルからワルザザート空港へ。


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ワルザザート空港

航空機は、観光客と、ごく一部の金持ちしか利用できない。当然、乗降客も多くはない。

この当時、ワルザザート空港からは、カサブランカ行きが週に3本あるだけ。

「日本に行きたいけど、俺達には飛行機代がない。」 というオマールの言葉が悲しい。


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しかも、こんな小型飛行機。

ワルザザートは、これで済んでしまうレベルの町ということ。

ちなみに、RAMとは、ロイヤルエアーモロッコ(モロッコ王国航空)の略。




感慨にひたりながら、ワルザザートを後にする。

RPGのように5日間かけて移動した距離は、たった1時間の飛行で終了。

「スタート」の地、カサブランカに舞い戻った。



………



カサブランカでは、オマールが予約してくれた海岸沿いのホテルに1泊。

なにもかも気が利く奴です。


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砂浜では、子供たちがサッカーに興じている。

アフリカらしい。



………



翌日、もう慣れたもので、電車に乗ってカサブランカ国際空港へ。

パリを経由して、成田へ帰国した。



パリで、成田行きが欠航になってあせったり、空港のフランス料理店で冷たくされて怒ったりしたけど、

モロッコ内のできことに比べれば、些細過ぎる出来事なので、詳細は省略。







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by akogarehotel | 2018-06-21 00:15 | あちこち旅行記 | Comments(0)  

2169. 「モロッコ格安新婚旅行1999」(14) 砂漠の人々

「モロッコ格安新婚旅行1999」(14) 砂漠の人々



↓ラバラカのロビー兼集会所にて

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左から、ハッサン、僕、ハッシム、妻、オマール。


………



ハッサン

ホテルのオーナー。

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(一番右がハッサン)

魔法使いのようにとがった鼻と切れ長の細い目は、まさに砂漠の王様。黒いマントを羽織れば、そのまま映画に出られそう。

その内面には外敵から自分たちの「家」を守る長男であり、家長でもある厳しさを隠し持つ。気軽に話しかけられる雰囲気はない。


ある朝、あまり気の進まない僕と妻を無理矢理、ラクダに乗せて、その辺を一周。

日本人なら「サービスかな」と思うが、イスラムで決してそんなことはありえない。

10分の散歩が終わると、ハッサンが、


 『 2000円だ 』


ある程度、予想していたとはいえ、1泊200円の宿で、2000円とは。

イスラム教としては限りなく妥当なことだが、日本的資本主義では、


 「 戦争しようってのか? 」


と考えるのが、これも至極当たり前。

だから、世の中から戦争がなくならない。

僕たちは、もちろん、戦争したくないので、2000円を払ってきた。砂漠で頑張って暮らしているラクダとハッサンの家族のために。

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………



ハッシム

ハッサンの弟。典型的な「弟」。分かりやすく言えば、武田信繁か羽柴秀長。

(すごくわかりやすいね。)


厳しい兄のフォローをして、敵との関係を上手く取り持つ、優しい弟。

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↑「ジャパンといえば、カラテだろ?」といって、対戦を挑まれた。


僕たちは、ハッシムの自宅にまで招待され、赤ちゃんとテレビを自慢された。

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自宅では紅茶をごちそうになったが、料金は請求されなかった。無料の飲み物なんて、海外で初めて飲んだ。



………



ハマダ

砂漠の原住民。


差別的表現と言われるかもしれないが、これぞアフリカ人という黒い肌。

夜は透明人間になるが、真っ白な歯と眼球だけは、逆に目立つ。

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このホテルで唯一、英語を話せないので、会話の機会がほとんどないのが残念。

(ちなみにモロッコで使われる言語は、イスラム語、ベルベル語、フランス語、英語の順。ハマダはベルベル語と、かたことのイスラム語しか話せない。)



………



オマール

僕らのガイド兼運転手兼スーパーマン。

↓ひょうきんなオマール。こんな社交的な奴は、イスラム圏にはめずらしい。

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アフリカ人のくせに、気遣いに長けたやつ。日本人と比べても遜色ない。(というか、最近の日本人はレベル低下。特におき○わ。)

もちろん、押すときは押す。僕らが現地人からぼったくられそうになっていると、横槍を入れてくれる。もちろん、運動能力も現地レベル。2時間でも3時間でも、山道を歩き続けられる。


基本的に、モロッコのモロッコ人は、みな優しい。いつも陽気に、親切に話しかけてくれる。モロッコのフランス人とは極めて対称的だ。

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………



砂漠にやってくる観光客も多種多様。


バイクで気ままに旅をしているドイツ人のオジサン。砂漠を走ってきて、お茶だけ飲んで、また旅に出て行った。砂漠の中を自由気ままに放浪しているらしい。

アメリカ人のお兄ちゃんは、学校の夏休みで1ヶ月くらい放浪している。砂漠に何日滞在するかは決めてない、気が向いたら帰る、と言っていた。

世の中には、うらやましい人たちがたくさんいます。


夜になると、砂漠のテントで、毎晩宴会が開かれ、現地人、欧米人関係なく、歌って踊っている。太鼓の音は夜中まで続く。

イスラム教は禁酒。酒を飲まずに、どうしてあんなにはしゃげるのだろう。日本人も恥ずかしさを捨てないといけないね。



………



砂漠の人々(番外編)



化石売りの少女


岩漠の一本道。

前方に水平線。後方も水平線。岩と砂と、舗装不良の道路以外は何もない。

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↑こんな道で、車を停めると…

どこからともなく、小学生くらいの女の子が数人、駆け寄ってくる。

手に手に、綺麗な石のようなものを持っている。


「化石を買ってくれ、と言っている」とオマールが通訳してくれる。

この近くで見つかるのであろう化石を売って、生計の足しにしているようだ。


この子供たちはどこから来たのだろう。

この辺りは、見渡す限りの砂の原。僕の視力では家屋など見当たらない。はるかかなたにの山肌に、横穴式住居を少し近代化したような家というか、穴が見える。あそこから歩いてきたのか??1時間はかかると思う。しかも、砂漠の太陽の光を受けて。

化石を掘って、1100円で売れれば、1ヶ月の食費になる。そのために、1時間かけて道路まで歩き、立ち止まるか分からない旅行者をえんえんと待ち続けていたのだ。


この子達は偉い。気を抜いたら生きてはいけない世界で生きている。


(ところが、後日談。あの全てを理解しているオマールがこの化石をあまり勧めない。小さなカスパでも、住んでる人にチップをやれ、と細かく言ってくれたオマールが、この子供たちにはなんだか冷たい。あとで調べたところ、これらの化石のなかには「偽物」も含まれているらしい。あんなにきれいなのに?素人には見分けがつかなかった。)






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by akogarehotel | 2018-06-13 00:29 | あちこち旅行記 | Comments(0)  

2167. 「モロッコ格安新婚旅行1999」(13) 砂のホテル

「モロッコ格安新婚旅行1999」(13) 砂のホテル



砂漠で夜を過ごしたい場合、方法は2つ。



ひとつは、テントを背負って、ラクダに乗る砂漠ツアー。

夜になったら、テントか寝袋で就寝。水を持参し、食事は自炊。トイレは砂の上。



さすがに、これは敷居が高い。

もうひとつの方法が砂漠のホテル。

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砂浜の上に建物は建てられない。

岩漠の上にしか建てられないので、砂漠と岩漠の境界線上に数軒の宿が並んでいる。一応「ホテル」と呼ばれるているが…



私たちのサハラの宿 「オーべルージュ ラバラカ」





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↑「ホテル玄関」


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↑各部屋への入り口

壁は石だか砂だか、そんなものでできている。こするとくずれてくる。

天井には大きな木材が数本渡してあり、そこに木の枝や葉っぱを乗せて、屋根がわりになっている。

雨が降れば、雨漏りどころか、ビショビショになりそうだし、砂の壁は解けてしまいそうだが、もちろん、雨なんか降るわけがない。

しかし、雨は降らなくても、虫はいる。すきまだらけの屋根は、虫にとっても出入り自由。あまり見たくない生き物が、ちょこちょこと動き回っている。

多分、さそりではない、多分。



生活するうえで心配なのは、水と電気。

ホテル脇にある大きな水タンクが僕らの命綱。

でも清潔ではないから、飲み水には使えない。煮立てて料理にするか、最低限のシャワーと手洗い用。うがいも危険。

飲み水は、自分で用意しないといけない。1日1リットル。2人で2泊3日で6リットルを持参した。もしもこぼしたら死ぬよ、と思わないといけない貴重な水。



電気は自家発電。

ホテルの外にあるガソリン発電機がぶんぶんと回っている。一応、アラブ地域なので、ロシアとは違い、ガソリンは豊富なようだ。

ただし、無駄遣いはダメ。電気はあくまでも、調理や緊急用。照明には使わない。昼間は太陽。日が沈めば、ろうそく。当然、テレビやラジオはない。もちろん、必要とも思わない。



ホテルの部屋。

↓部屋の入り口から。

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約8畳の一間。トイレなし、水道なし。

天井に裸電球が1個ぶらさがっているが、夜12時で消える。

床と壁は、外と同じ石と砂。多少の虫には我慢が必要。さそりじゃなきゃ、許す。

↓室内のようす。

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シャワーは、冷たい水。

しかし、冷たかろうが、水があるだけで感謝しないといけない。こんな砂漠の真ん中で、シャワーを浴びるなんて、申し訳ない。

こたつに入って、カキ氷を食べるようなもんだ。


トイレは溜め式。ただし、汲み取りに来てくれるのか不明。砂地だから、そのまま地球に吸い込まれていくのかもしれない。くさくて、あまり観察できなかった。



宿泊料は1泊200円。

食事は別料金で1食200円。アルコールなし、売店なし、お菓子なし、自動販売機なし、飲料水なし。

↓ある日の朝食、二人分。

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ラマダン中は朝食と昼食なし。

しっかりと準備していかないと、餓死するよ。



ラマダン(断食月):

太陽が出ている間は飲食禁止。水を飲むことも、つばをのむことも禁止。一ヶ月つづく。病人と旅行者は免除。リバプールのFWモハメド・サラー(エジプト人)はチャンピオンズリーグ決勝当日がラマダンにあたり、断食をしていたという。(結果は、セルジオラモスの攻撃を受けて鎖骨骨折。競輪かよ。)



………


↓ホテルのロビー兼食堂兼集会所

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僕らは、この新婚旅行で、ここに2泊した。







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by akogarehotel | 2018-06-03 00:43 | あちこち旅行記 | Comments(2)  

2166. 「モロッコ格安新婚旅行1999」(12) 星の砂漠と、朝日の砂漠

「モロッコ格安新婚旅行1999」(12) 星の砂漠と、朝日の砂漠



せっかく砂漠までやって来たのなら、昼のほかに、夜と朝も感じ取っていかなければならない。

夜。

(真っ暗なので写真はなし)



日が沈むと、本当に真っ暗になる。

たとえ群馬の山奥にある天文台でも、日本にある以上は、真夜中でも文明の光がわずかに見えてしまう。アウトドアとかいうくせに、キャンプ場では真夜中でも明かりが煌々と照らされている。それが文明国家。


しかし、サハラ砂漠には「電気」なんてものは全くない。

夕食時に灯すわずかな自家発電とろうそくは、食事終了とともに吹き消される。すると、その瞬間から完璧な暗闇の世界が始まる。



空を見上げてみると…

プラネタリウムなんてものじゃない。

あれよりも、何倍も大きな星が、無数に、すぐ手の届きそうな高さに、「コロコロと」光っている。


モロッコって、日本よりも宇宙に近いんだって(うそです)。

真っ暗なために、星が大きく近くに見える。

空気が乾燥していることも大きい。

赤道に近いから、わずかに宇宙に近い?それは関係ないんじゃないかな。

新婚旅行でなくても、感激すること間違いない。

(真っ暗なので写真がないのが残念。)


いつから夜空の星の光に気づかなくなったのだろう(by セカオワ)



………



僕ら日本人が、見慣れない星の光に驚いているころ、

砂漠のテントがやけに賑やかだ。

↓昼間のこのテント

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オマールやハッサンたちが、太鼓を叩きながら、歌を歌っている。

毎晩恒例の「宴会」だそうだ。わが道を行くアメリカ人旅行者は、宴会の輪にまざっているが、遠慮と思慮の深い日本人はどうしても近寄りがたい。

彼らはイスラム教なので、酒を飲まない。アルコールもないのに、よくもあんなに陽気に元気にいられるものだ、こんな厳しい自然の中で。

心から尊敬する。


ちなみに、どんなに大声ではしゃいでも、隣の家まで2kmくらいあるので、誰にも文句は言われない。



………



さて、朝。


皆様のご想像どおり、かなり寒い。

昼の気温は実測40℃超なのに、日没とともに気温が一気に下がり始る。深夜から早朝には気温5℃前後(推定)になる。

乾燥地域は一日の気温差が大きい、って社会科で習いましたね。



早朝4時。

朝日を見るために、散歩に出かけた。可能なら、砂山の頂上で夜明けを見たい。「登山」の時間を考えて、早めに部屋を出た。

が、限りなく寒い。用意していった全ての衣類を着込んだ。セーターを2枚着た。それでも寒い。

しかも、真っ暗。

懐中電灯で足元を照らしながら、裸足になって、昨日登った山を目指す。


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(明るいのは懐中電灯の光)

紛失しそうなので、靴は宿の玄関に置いておく。まるで自殺するみたいだ。


しかし、数100m歩いたところで、危険と判断。寒くて、暗くて、遭難しそう。


一度、部屋に戻り、数分後再出発。

そのへんの小高い丘で我慢した。

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↓日の出。

暗いから、よくわからない。雰囲気だけでも。

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by akogarehotel | 2018-06-01 00:02 | あちこち旅行記 | Comments(0)  

2164. 「モロッコ格安新婚旅行1999」(10) 砂の道を行く

「モロッコ格安新婚旅行1999」(10) 砂の道を行く



ワルザザートからエルフードまで200kmの距離を、時速80kmですっ飛ばして、3時間弱で到着。ここからサハラ砂漠(メルズーガ)までは、あと50km。

地図上では、もうすぐそこ。


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しかし、ここからが本当の「砂漠への道」

ゴールに近づくほど、険しい道になる。ロールプレイングゲームと同じ。



………



エルフードの町の出口に検問があった。

機関銃を構えた軍人が待機している。(写真を撮るわけにはいかない。)

銃をちらつかせながら、我々のフィアットに近づき、オマールとアラビア語でなにやら会話している。

「日本人観光客を乗せてる」みたいな話で、軍人が時折、こちらを見る。

オマールが紙幣を1枚、軍人に渡して、通行許可。


検問を通り抜けた。

サハラ砂漠の砂の上に国境線を引くわけにはいかないので、町外れのギリギリのところに検問がある。あまり仲のよろしくない隣国(アルジェリア)を想定した国境警備だろうか?

と平和な日本人は想像したが、


オマールによると、


 『 あいつらはクソ軍人さ。何にも仕事なんかしないのに、金が欲しいから検問を造って、こうやって我々から金を巻き上げているのさ。通行料といったって、誰が調べているわけでもない。全部、自分のポケットに入れてるよ。軍人しね。 』

(意訳)



………



軍人の検問なんて、どうでもいい。

それよりも大きな問題が、この先に待っている。

それは、


町を出ると、すぐに道が消える。



ここから先は、岩の砂漠「岩漠」。

本物の砂だらけの「砂漠」にたどりつくまで、この岩漠が約50kmつづく

そこに道はなく、固い石ころの地面だけ。フィアットが、どんなに低速で走っても、ガタガタと車が分解しそうなくらいに大きく音を立てて、揺れながら走る。何度も頭を天井にぶつけそうになる。

安全運転の僕らの横を、トヨタ4WDが猛然と追い越していく。

さすが、文明国家の兵器は性能がいいなぁ。


しかし、文明国家の兵器も、もちろん小国産のフィアットも、「石」の上を走れても、「砂」の上を走ることはできない。

日本人には想像できないかもしれないが、砂の上を車で走ろうとすると、タイヤが空回りして進めない。それでも無理してアクセルを踏み続けると、そのうち砂を吹き飛ばして、穴ができ、タイヤがはまって、完全にゲームオーバー。

一度、砂の中に入ってしまうと、そこは「あり地獄」を意味する。



地面をよく見ると、ピンク色のリボンのような目印が、点々と埋められている。

そのリボンをたどっていくと、アリ地獄を回避しながら、先へと進めるが、一度、見失ってしまうと…


よそ者はよせつけない。

たとえ文明兵器だろうが、そう簡単に砂漠を越えることはできない。

それが、本物の「砂の世界」。


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(オアシス付近の岩漠。道らしいものは写ってますが、「道」ではない。)

「砂」ではなく、「石」の上なら、不安定ではあるが走ることができる。


今まで、時速80kmでかっ飛ばしてきたオマールが、一転して、獲物を狙うような本気な目つきになり、必死で前方の地面を見つめている。

隣で鼻歌ばかり歌っていた黒マントのハッサンも、同じく、映画撮影でも始まったかのように「本気の顔」になり、路面を指差しながら、あれこれオマールに指示している。

「あっちを走れ、こっちを走れ」と言っているらしい。


ハッサンにとっては、まさに自分の庭だが、それでも油断はできないらしい。

今までの神速がうそのように、時速20km前後で、ゆっくり、そして丁寧に、くねくねと、道なき道を進んでいく。

途中、いくつかの砂ポケットを見つける。だれかの車が陥ったようだが、おそらく人力で復活したのだろう。

しかし、もしこのフィアットがあり地獄に落ちたとして、アラブ人2人と貧弱な日本人2人で引き出すことができるか?それができないと、砂漠(正確には岩漠)で日干しになってしまう。

だから、オマールもハッサンも超本気。

話しかける隙もないくらいだ。


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↑オアシス近くには、通りやすそうな道が、まだ残る。


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↑かなり「砂漠」が近くなると、こんな感じ。

砂浜のように砂紋が見える。ここは車では絶対に通れない。


四駆なら?と思うだろうが、車の重量は大きな負担になる。決して安全ではない。

2時間近く走った。

人も車も、ガタガタでへとへとになったころ、いよいよ「砂漠(サハラ)」が見えてきた。



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砂漠って、山なの?





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by akogarehotel | 2018-05-23 13:26 | あちこち旅行記 | Comments(0)  

2159. 「モロッコ格安新婚旅行1999」(9) 砂の世界へ

「モロッコ格安新婚旅行1999」(9) 砂の世界へ



世界の車窓から~

今日は、モロッコのカスバ街道を旅します。

(今回は、写真中心)



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アトラス山脈の南側。サハラ砂漠の外周に沿って、ワルザザートからエルラシディアまでの道は、街道の途中にたくさんのカスバ(城砦)が立ち並び、カスバ街道と呼ばれています。

その城砦のなかで最大のものが、ワルザザートにある世界遺産のアイトベンハッドゥ。


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僕らを乗せたフィアットは、時速75kmで砂漠を目指して走り続ける。


と言いたいが、

実は、フィアットの速度計が壊れているので、何キロで走っているのかわからない。速度計はゼロをさしたままだ。



ついでにいうと、ガソリンメーターも壊れている。

給油のタイミングは、オマールの野生の勘に頼るが、どちらかというと、速度計よりもガソリンメーターを修理して欲しい。砂漠の中でガス欠になったら、ひ弱な日本人は1日と、もたないから。



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エルフードまでは、荒野の一本道。

岩だらけのむき出しの地形を、アクセル全開で走り抜ける。

ラクダが出てきたら、ひいちゃうよ。

砂だらけの世界なのに、もちろん、生活している人もいる。


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カスバ街道を一望。


まだ、全然砂漠に近づいてもいない。

なのに、一部のオアシスを除いて、砂だらけの世界。

その数少ないオアシスに、人が肩を寄せ合って生きている。今でこそ平和だが、昔は、その貴重なオアシスを奪い合い、その勝者だけが生き延びていた。

その戦いの痕跡がカスバ、すなわち城砦。


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だからこそ、この地域にはたくさんのカスバがある。

世界遺産があるということが、決して、うれしいことではないかもしれない。



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↑平均的な町並み。

砂だらけの建築物の中に、電線が通っている。いったい、どこから?

黒い服を着た人は、もう見慣れました。



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数ヶ所のオアシスには町ができている。

町中は、少し速度を落としているが、それでも時速40kmくらいか。

人が出てきたら、ひいちゃうよ。

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道路は一応舗装されている。

ただし、道幅は5mくらい。これは「片側5m」ではなく、「両側で5m」。


対向車が来なければ、道路の真ん中を走ればよいが、

対向車が来れば、端へ寄る。しかし、彼らは減速しない。

舗装部分の外側は、砂や石や草。

片輪がはみ出るか、はみ出ないかのすれすれで、すれ違う。


この道路状況を考えると「飛び石」が一番危ない。

対向車がはねた石がこちらを直撃するパターン。


対向車とすれ違うとき、運転手のオマールと、助手席のハッサンが、フロントガラスに親指を押し付けていた。何かの挨拶?と聞いたら、


「飛び石でフロントガラスが割れないように」だって。


確かに、モロッコではフロントガラスが割れた車をときどき見かけるし…

恐いと思っているのは、後部座席の日本人だけ。

推定視力5.0の動物オマールは、マルボロタバコをくわえながら、楽しそうに突っ走っています。



ワルザザートから、3時間弱で砂漠手前の町、エルフードに到着。

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気が利くオマールに、


 『 ここから先は砂漠だから、水を買っておけ 』


と言われ、2リットルを3本購入。これが、3日分の生命線。



砂漠のホテルで、蛇口をひねって水が飲めるわけない。




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by akogarehotel | 2018-05-04 01:15 | あちこち旅行記 | Comments(0)  

2157. 「モロッコ格安新婚旅行1999」(8) この国のスーパーマン

「モロッコ格安新婚旅行1999」(8) この国のスーパーマン



『では、明日の朝8時に、ここ集合。』


と決めて、僕らはホテルへ戻った。



………



ロールプレイングが想定外に進行した。


ザゴラではなく、サハラへ行けることになったのは、とてもうれしい。しかも、砂漠の宿が手配でき、なおかつ、正体不明の相棒が仲間に加わった。

うきうきワクワクが止まらないロマンティック。



ホテルに戻ると、モハンマド兄ちゃんが忙しそうに仕事をしていた。

お礼の声をかけると、


『 サハラへ行って戻ってくるまで、部屋はキープしておく。いらない荷物は残しておいていいよ。 』


どこまで、幸運なのでしょう、私たち?

(こんなふうにして、荷物を盗まれる可能性がなくはない。一応、なくなってもよいものだけをおいておく。お土産とか。)


その夜は、モハンマド兄ちゃんに勧められた地元民御用達の店で夕食を食べた。

値段を多少ふっかけられても、今日だけは許す。



………



翌朝8時、僕らは、オンボロビルの旅行会社に行った。

旅行会社の前には、フィアットの5ドアが停めてある。旧式デザインで、1500ccくらい。

これが、僕らの大事な足であり、命綱だ。


(これを機に、僕はフィアットが気に入ってしまい、帰国してから、同じフィアットプントを購入したが、デザインが丸型(2003年製?)に変わってしまっていた。)



もちろん、フィアットなんかよりも、「オマール」のことのほうが100倍も気になる。

これから数日間、このアラブ人と一緒に過ごすわけだ。変な奴だったら、どうしよう。

初対面の挨拶はとても緊張したが、握手した手がものすごく分厚いので驚いた。本当にライオンを掴めそうだ。


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↑フィアットプントとオマール。



オマール 『 まずは、アイトベンハッドゥへ行き、その後、メルズーガへ向かう。昼過ぎには砂漠に着く。 』


メルズーガまで、300kmもある。僕らとしては、寄り道せずに早く向かって欲しいのだが、この「アイトベンハッドゥ」は地元のシンボルらしい。ワルザザートに来て、これを見ないで帰すわけにはいかない、という勢いだ。そりゃ、世界遺産だからね。



富岡市民にとっての富岡製糸か。

じゃぁ、見なくてもいいことになってしまう。



車は、メルズーガとは逆方向へ出発した。

30分ほど、砂煙の中を走って、アイトベンハッドゥに到着した。

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(こんな写真しかないので、ごめんなさい。)

何百年も前に、実際に城砦として使われた遺跡だ。当時から、そして今でも、人が中に住むことができる。

オマールの案内で、中を歩いた。

住んでいる人たちが、「また観光客か」という目つきでこっちを見る。

ごめんなさいね、お邪魔しますよ。



さすがに世界遺産だ。これは来る価値がある。

ワルザザートを、モロッコを、代表する観光資源だ。

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………



さて、いよいよ、サハラ(メルズーガ)へ出発。時刻はもう11時だ。


 『 300kmあるから、だいたい4時間くらいかな? 』


と、オマール他、旅行会社のスタッフが口をそろえて言う。

平均時速75kmで走らないと4時間では到着しない。そんな計算は、小学生でもできる。しかし、モロッコに高速道路はない。

ついでにいうと、道路交通法なんて気の利いたルールもなさそうだし、それを取り締まる警察も、いないっぽい。(実際はあると思います。失礼。)

反乱を取り締まる軍隊はあるのに。



ということで、砂埃の一般道を時速80kmの旅となる。

そのフィアットを運転する「相棒オマール」の話。


 メルウィー・オマール

フランス風のしゃれた名前のくせに、現地民族ベルベル人。身長180cm。こげ茶色の肌にアラブ人共通の鼻ひげと天然パーマ。白い目がキョロッと光り、へんにかわいい。


そんなオマールは、時速80kmで走るフィアットを数cm単位で操り、対向車をかわし、歩行者をよける。その動物的な視力により、数百m先での検問に気づき、あっという間に、時速90kmから時速30kmに減速し、一瞬の早業でシートベルトを装着する。(検問を過ぎれば、すぐにはずす)

彼らは、日本人とは人種が違う。たぶん、半分くらい動物の遺伝子が混ざってる。


オマールのすごいところは、その運動神経だけではない。彼には、途上国としては考えられないくらいの「気遣い」能力が備わっている。

世界で最も気遣いに長けているのは、間違いなく日本人だ。それゆえに、ぬるい環境に慣れてしまった日本人は、沖縄を含めた海外旅行では、いつも現地人の気遣いのなさに辟易する。(さりげなく沖縄。)


 お前らの国の辞書には、遠慮とか謙虚とか礼儀という単語はないのか!?

 多分、ない。


ところが、オマールは例外中の例外。


 『 疲れたか?空腹か?トイレは?写真とるか?』


など、カタコトの英語で、親切に何度も何度も聞いてくれる。まさにかゆいところに手が届く。

いったい、どこでこんな技を習得したのでしょう。本当にいいやつで、心から頼りになるんです。


(オマールは、ワルザザートの「タフクト・カー」という旅行会社で働いている。ホテル・ロイヤルの反対側、または「スーパーマーケット」という名前のコンビニの反対側。もしも、行くのなら、おみやげとしてマルボロのタバコを持っていってあげてください。)



………



フィアットには、もう一人「乗客」がいる。


助手席に座っているアラブ人のハッサン。

オマールよりも鋭い目を持ち、真っ黒の口ひげ、真っ黒のマント。外見上は、そのまま映画に出られそうな砂漠民だが、実は砂漠のホテルのオーナーだ。


ということは、旅行会社のオマールとは仲が良いらしく、楽しそうに2人で話をしてる。

僕らとしては、オマールと3人きりで300kmのドライブをするよりは、緊張感が解けていい。ちょうどいい乗客だ。

しかも、日本人の勝手な先入観どおりに、アフリカ人は非常に明るい。カーステレオに合わせて、えんえんと鼻歌を歌っている。気を使わなくてよいので、本当にらくだ。


時速80kmであること以外は、まったくストレスのない旅路だ。



↓右端がハッサン。左端はハッサンの弟、あとで登場。

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by akogarehotel | 2018-04-29 01:22 | あちこち旅行記 | Comments(0)  

2156. 「モロッコ格安新婚旅行1999」(7) この国の憎めないやつら 平成30年4月

「モロッコ格安新婚旅行1999」(7) この国の憎めないやつら 平成30年4月



さて、ワルザザートへ到着したのは、午後4時。


もうすぐ夕方だ。宿を探さないといけない。

マラケシュのような町なら、宿探しも簡単だが、ここは僻地ワルザザート。ガイドブックには、4,5軒のホテルしかない。(実際はもっと多い。)

ただし、次の目的地ザゴラには宿が一軒しかないらしく、それに比べると緊張感は、やや軽い。

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↑ワルザザート


………



僕らは、ガイドブックで目星をつけていた「ホテル・アムラル」に向かって歩き始めた。

すると、カサブランカにいるような若い「にいちゃん」が声をかけてきた。

着ているものが都会風で、肌の色は明るいが、アラブ人のようだ。


 『Tourist? Wherere you going?』(旅行かい?どこへ行くの?)


めずらしく、流暢な英語を話す奴だ。


私 「Going to Hotel Amural. (ホテル・アムラルを探しています。)」


ちなみに、「H」は発音しないので、「ホテル」ではなく、「オテル」と発する。

すると、その兄ちゃん、


 『 ホテル・アムラルは休みだよ。ホテル・ロワイヤルなら開いている。案内してあげるよ。』


宿探しの苦労はマラケシュで経験済み。しかも、もうすぐ日没。アムラルでなければいけない理由はないので、兄ちゃんの誘いに、喜んで従った。


2,3分、歩いて到着。ホテル・ロワイヤルは、すぐそこだった。

1階にカフェがある、しゃれたホテルだ。(日本的にはペンションという、3階建て?くらいの建物。)


↓(某社HPより)

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 『こっちだよ。』と言いながら、兄ちゃんはホテルの中まで、遠慮なく、ずいずいと入っていく。

そして、フロントのカウンターの中まで、堂々と入っていき、そして、


 『いらっしゃいませ!』



………



なんのことはない、その兄ちゃんはホテルロワイヤルのスタッフだった。


年齢は若いが、その身だしなみを考えると、もしかしたら「経営者」かもしれない。その後、何度もこの兄ちゃんとは会うことになるが、彼が他人に命令しているところは何度も見るが、命令されているところはみたことがない。


僕らとしては、ホテルアムラルにこだわりはなく、夕方にもなるので、泊まれるならばどこでもよい。騙されたという感覚は微塵もない。


兄ちゃん 『 お湯のシャワーを希望?ならば、空いている部屋は、この3つ。ただ、蛇口をひねってお湯が出るまで、ちょっと待ってね。水道管をお湯が流れてくるまで時間がかかるから。 』


 と、真剣に説明してくれた。

さらに、その3つの部屋を順々に案内してくれて、


 『 どれがいい? 』と。


これこそが、自由旅行の際の理想的な部屋の決め方だ。この兄ちゃんは、

 客引きのくせに、対応が丁寧で、

 外見が西洋風なのに、対応はアラブ人風で、

僕らのハートを速攻でつかんでしまった。


たぶん、本当にホテル・ロワイヤルの経営者なのだと思う。

名前は「モハンマド」といっていたが、モロッコには「モハンマド」という人間が1億人くらいいる。日本でいうと「山田太郎」みたいなものだ。


僕らは、1泊1000円の部屋を選んだ。温水シャワーがついた、綺麗なツインルームだ。ちゃんと窓もある。



………



部屋に荷物を降ろすと、兄ちゃんが旅行の相談に乗ってくれるという。


兄ちゃん 『 このあと、どこへ行くんだい? 』


僕 「砂漠を見るために、ザゴラに行きたい。行く方法と、宿が心配。」


兄ちゃん 『 ザゴラは砂漠じゃないよ。あれは「砂丘」だ。砂漠を見たいならサハラに行こうよ。サハラはここ。』


と言って、地図を出し、メルズーガを指差した。


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メルズーガという場所がサハラ砂漠らしいとは知っていたが、あまりにも距離が遠く、滞在も難しそうだ。なので、僕らはザゴラで妥協しようとしてたのだが。


モハンマド兄ちゃん 『 メルズーガまで、片道300km。砂漠に2泊して帰ってくればいい。車と宿を手配してあげる。 』



もちろん、理想的なプランだが、そうなると金額が心配だ。何万とか、ふっかけられそうだ。と、返事を躊躇している暇もなく、


モハンマド兄ちゃん 『 ついて来て! 』


と、ホテルの外へ。

ホテルと、路地をはさんで反対側にあるビルへ案内された。

そこは、地元の旅行会社だった。



★★★



現時点(2018年)で、サハラ砂漠へ行きたいなら、ツアーでも、そうでなくても、メルズーガの近くのエルフードまたは、エルラシディアという街へ行く。そこで、地元民の経営する砂漠ツアーを利用する。

エルフードから、トヨタの四駆に乗って、砂漠を疾走し、日帰りもあれば、宿泊もある。砂漠のテントで寝るツアーや、石造りのホテルのパターンがある。


日本で予約していく場合、HISや大手旅行会社でも可能だが、3~5万くらいのマージンがしっかりと加算される。砂漠の相場を考えれば、信じられない金額だ。その金があれば、ホテル1軒買えちゃう。


安くしようと思ったら、自分でエルフードの街でツアーを申し込むめばよい。

ただし、エルフードは遠いし、ツアー会社を探して交渉するのも大変だ。

それが、ワルザザートでできてしまうなら、これ以上のことはない!



★★★



そこは、旅行会社といっても、ドイツのゲーセンのようだった。

うす暗い部屋にカウンターとテーブル。テーブルで雑談しているのはアラブ人。どうやら、この旅行会社のスタッフのようだが。


モハンマド兄ちゃんに、カウンターのアラブ人を紹介され、砂漠の話も伝言してもらった。『またあとで』と言って、モハンマド兄ちゃんはホテルに帰っていった。


その後、僕らは、カウンターのアラブ人と、メルズーガ(サハラ)までの往復の車と、メルズーガの宿を確認した。

・往復の移動料金が5000円

・砂漠の宿、1泊200円!2人で!!

・砂漠の食事、1食100円!(この料金感覚不明)



説明が終わると、


 『 じゃぁ、運転手を紹介するよ 』


と言って、電話をかけ始めた。

よかった。そこのテーブルで油を売ってるアラブ人ではないらしい。



2,3分、待ってると、そいつがやってきた。狭い入り口に頭を下げながら、のそーっと店内へ入ってきた。

身長190cmくらいでピーナッツ顔の、典型的なアラブ人。

恐いくらいに、目と鼻とあごがとがっている。今から、ライオンでも狩りに行くような雰囲気だ。



それが、僕らの「スーパーマン」オマールとの初対面だった。






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by akogarehotel | 2018-04-26 19:09 | あちこち旅行記 | Comments(0)