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2115. 受験戦争今昔(10) 『駿河大帝国のお姫さま』 平成30年1月

受験戦争今昔(10) 『駿河大帝国のお姫さま』 平成30年1月




とりあえず、当時は、猫も杓子も、バカもアホも、逃げも差しも、全て駿台。



通常通うクラスのほかに、夏期講習や参考書・問題集も駿台。

ぼろもうけだな、ホント。



参考書:

「○○先生の××」というシリーズで100種類くらい販売。


そのなかで、僕が、聖書とあがめるのが「坂間の物理」。

物理学の法則はすべて、数学の微分積分で説明できる、という本。こんなことは大学の物理なら当然のことだが、高校時代にこれを知った僕の感動は計り知れない。


え、速度を積分すると距離になるの?

力を積分するとエネルギーになるの?


勉強(練習)が楽しくて仕方ない。まさに魔法の道具、というか麻薬でした。

高3の12月は物理しか勉強してなかったかも。

もちろん、本人の授業も神がかり的に面白い。大人気なのでなかなか受講できなかった。



………



夏期講習:

各教科ごとに数々の短期講座が開かれる。

「誰々先生の代数幾何」とか「誰々先生の英文法」とか。

各講座は約1週間。講座の数は、夏休み全体で200種類以上になる。


駿台予備校の夏期講習は、異常なほどに、全国的に大人気。

夏休み中だけなら、ということで群馬からも大挙して生徒が押し寄せる。ほぼすべての講座が申し込み即日満員。しかも、申し込みのために3時間くらいの行列待ち。前述の「坂間の物理」なんて、よほど早起きしないと申し込み不可能。

御茶ノ水市谷だけでなく、大宮や横浜校舎もフルに使って夏期講習が開催され、駿台はこのときばかり、と大儲けする。濡れ手に粟の時代だった。



夏期講習は、本当に楽しい思い出しかない。

だって、東京に1週間、泊り込みだよ?!御茶ノ水のビジネスホテルに1週間だよ!

勉強なんて、午後5時には終わるんだから、そのあとは…


サカタと一緒に、御茶ノ水の隅から隅まで探検した。

当時は、御茶ノ水地域には10軒くらいゲーセンがあったが、その全てを見て回った。今とは違って、50円のテーブルゲームしかない時代。毎日3時間くらいゲーセンで過ごした気がする。もっとも遊んだのが「1942」と「チャイコフスキー、ピアノ協奏曲第1番がBGMの車のゲーム」(名前忘れた)


でも、これでも、御茶ノ水エリアの外には出なかったのだから偉い。

同じ前橋高校のコジマ君(本名)とヒロサワ君(本名)は、わざわざ新宿まで遊びに行って、10万円するコーラを飲んだらしいよ。(実話)

東京恐い。



………



そんな夏期講習の、ある日、大宮校舎の、ある講座で、


僕のとなりに、恐いくらいにかわいい女の子が座った。(座席は指定席)

「早春物語」の原田知世に似ている。


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しかし、彼女には見覚えがある。たしか、通常授業のときの同じクラスの女の子だ。

通常授業と、夏期講習は扱いが全く別々で、夏期講習は校舎・日程・科目が多種多様。自分の好みと都合により、200以上の講座の中から、受講する講座を選ぶ。

通常授業で同じクラスとはいえ、夏期講習まで同じクラスになるのは、かなりの偶然だ。しかも、大宮校舎。でもって、隣の席!

これぞ、ドキがムネムネ状態。


その女の子は、お茶の水女子大付属高校の洋子さん(本名)。大宮に住んでいる。

しかし、それ以上は聞けなかった。

純粋な群馬の少年には、ここまでが限界だったよ。


でも、その1週間の講座は、まさにパラダイスだったなぁ。

勉強が手につかない?そんなわけはない。

同じレース(試験、授業)に出ている女性に対して、いいところを見せなきゃいけないんだから、それはそれは一所懸命に練習(勉強)しましたよ、、、、、多分。



 「おれ群馬の神童。わからないことがあったら、聞いてよね」



………



しかし、人生は奇なり。

人類の浅はかな想像を、はるかに越える。



翌年の4月、

その女の子が、同じ大学の同じ学部の同じクラスにいる!


僕の医学部の定員は、たったの65人。そのうち女子はわずかに6人。

クラスはその半分。



これって、奇跡?運命?

運命だと思ったんだけどなぁ、俺は。。。。

(平成30年現在、洋子さんはまだ独身です。)




………



駿台予備校のおかげで今の俺がいる、というお話でした。








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by akogarehotel | 2018-02-02 18:00 | 子育てられ | Comments(0)  

2113. 受験戦争今昔(9) 『駿河大帝国』 平成30年1月

受験戦争今昔(9) 『駿河大帝国』 平成30年1月



高校時代の勉強は、

1年: 特になし

2年~:Z

3年~:駿台

当時の「王道」です。



………



Z会は通信添削。

問題が送られてきて、解答して送り返す。数日後に採点されて帰ってくる。

点数上位者がペンネームで雑誌に掲載される。高校生には熱い楽しい戦い。まさに「競技」。


問題は超ハイレベル。2時間かかって、やっと1問解けるかどうか、という問題。しかし、楽しい。なんてったって「試合」だから。勝てば楽しい。

負ければ悔しいけど、次はがんばるぞ、となる。

理科・数学・英語を3年の12月まで続けた。


このZ会は当時、ほぼ全ての優秀な学生が利用していた。大学に入ったら、

「お前のペンネームって、○○○なの?」と、話が通じる奴ばかりだった。

(しかし、現在のZ会は、地に落ちた。進研ゼミの客を奪おうとして、レベルを落としたと推定。そんなんじゃ「格」が維持できない。)



………



高校3年からは、わざわざ駿台予備校へ通うようになった。

これは僕としては非常に例外的に、親に感謝している点だが、駿台予備校へ申し込みをしてくれて、新幹線通学を許可してくれた。



駿台予備校、英語(現役生):

一番苦手な英語を補強するための「練習」。


浪人生のクラスは市ヶ谷にあるが、現役生は御茶ノ水校舎(東京)にある。

週に2回(月金)、夕方6時から8時まで。

前橋からお茶の水までは、約2時間。

6時間目まである高校の授業を、5時間目で早退。そのまま新幹線で御茶ノ水へ直行するとギリギリ6時に到着する。帰りももちろん新幹線。自宅に帰りつくのは午後10時。片道2時間の「通学」だが、往復の新幹線では、あえて勉強せず、休憩時間とした。



高校の担任は多胡先生。

奇跡の3年7組の担任。化学の先生。僕の史上最高の先生。「学校の先生になりたい」と思わせられた先生。


僕が毎週早退するのを多胡先生が気持ちよく見ているわけがない。しかし、

 「出席日数には気をつけろよ」

と、一言だけ。涙が出そうだ。



当時の前橋高校は(今でも同じと思うが)、非常に驚異的に「封建的」。

 学校のルールを守れ。

 守れない奴も守れ。

 学校を尊敬しろ。

 大学受験はその次でいい。

受験と全然関係ない授業を高校3年生ですることが多いし、2学期後半に体育大会とかあるし、受験の前日に卒業式あるし、、、


教育後進国のグンマーを象徴するような、「非」進学校。

それでいて、東大に数人合格するんだから、生徒の質がいいんだろうね。



そんな高校の中で、多胡先生は光ってた。生徒のことを本当に考えてくれる。


たとえば、

僕は多胡先生(化学担当)が大好きなので、共通1次試験(センター試験)で化学を受験したいと言った。ところが、多胡先生は

 「化学よりも物理のほうが、100点を取りやすいから、物理にしろ。」

と。

それは僕自身もわかっていたが、先生に言われて、納得して物理を受験した。


また、たとえば、

共通一次試験のあと、

校内1位の僕は、東大理Iや理IIなら間違いなく合格する。しかし、東大理IIIは難しい。

学校側としては、「東大に何人」という数字が大事だから、僕には受かるであろう理Iを受けて欲しい。理IIIなんて受けないで欲しい。


多胡先生 「アオヤマ、お前、どうする?」

私     「親が理IIIにしろって」

多胡先生 「そうだよな。」

二言で終了。


その後の職員室で肩身の狭い思いをしている多胡先生の姿が目に浮かぶ。

ちなみに、同じ3年7組のサカタ君も、東大理Iなら合格間違いなしなのだが、僕と一緒に理IIIを受験。結果は不合格。

「東大合格者を2人減らした担任」なんて言われてるのかも。


そんなこという奴は死ね。



………



そんな多胡先生の暗黙の了解があり、平日の御茶ノ水に堂々と通学した。

結果的には、もちろん大正解。

苦手な英語をこれで解決できたので、残りの時間を得意科目にあてることができた。まさに作戦勝ち。


また、現地へ通うことにより、受験の雰囲気も感じられた。これが一番大きいと思う。

東大へ合格するような人たちの雰囲気って、こういうもの?って。


200人くらい入る教室の席順は、成績順で決まっている。

2ヶ月ごとにテストがあり、その結果で席順が変わる。これは、超刺激的だったね。



………



高校3年の夏に水球部を引退。

(これができるから、水泳は便利。)


その後は、ひたすら勉強という競技に没頭。

駿台予備校とZ会。そのおかげで、毎月の模試では、群馬県で1番以外は取ったことがない。

しかし、それでも全国で100番に入ったことは一度もない。最高でも150番くらい。東大理III(医学部)の定員は90人。さすがに、もう一年必要だろうね、とは自覚していた。


同じく、県で2番しか取ったことがないサカタ君は同じクラスの仲良し。

サカタも、東大医学部しか受けないと言ってる。お前、俺より成績悪いのに?なまいき。






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by akogarehotel | 2018-02-01 18:09 | 子育てられ | Comments(0)  

2112. 受験戦争今昔(8) 『糸井重里って知ってる?』 平成30年1月

受験戦争今昔(8) 『糸井重里って知ってる?』 平成30年1月




さて、県立高校の受験は3月。


1番で合格すれば、ラジカセの賞品。

左手で書いたって不合格になるはずがない神童の僕が、ともすれば勉強をおろそかにしがちなところを、賞品よりも「1番を狙え」という名誉をぶらさげられて、


それはそれは本気で勉強しました。



ただ、先日の本庄早稲田とは違って、公立高校の受験問題は素直で簡単な問題ばかり。基本的に満点を取らないと一番にはなれない。

たったひとつの取りこぼしもできない。



結果は、残念ながら国語で2問ミス。

国語は本当に大嫌い。国語なんて教科は消えてなくなって欲しい。


そして順位は3番だったそうな。

ま、何百人、何千人が受けたかしらないテストで3番だから、いいんじゃない?と親が甘やかしてくれて、ラジカセは買ってもらった。親としては、順番なんてどうでもいいから、ちゃんと手抜きせずに勉強して欲しかったというわけだ。

そんなことはお見通し。



………



4月。人生初の「男子校」。

身だしなみを気にしなくっていいって、ラクだ(^^)


1年7組に入学。

クラス分けは、受験の成績順になっている。

全部で9組あり、9組から順に、8組、7組、と成績順に一人ずつ。

1組まで行ったら、折り返して、1組、2組…と続く。

だから、受験成績3番の僕は1年7組。


そして、同じ7組で僕の次の成績なのが、受験成績が16番の学生。

これが、あのアダチ君。

東大に入学して、現在は前橋高校の先生として赴任。

そして、水球部の顧問。


アダチ君は、ギチギチの文系博士で、入学当初から、国語という教科では僕を含めた一般人には理解不能な言語をたびたび発していた。


 『 「国体」という単語には、国民体育大会のほかに、「日本国の様子」という意味があります。 』


「国語」を超苦手とし、教科そのものが消滅して欲しいと思っている僕から見れば、180度違う方向を向いているただの変人だった。

彼は、失礼ながら、完璧な運動オンチ。運動部には入っていない。

なので、僭越ながら、僕が現在の水球部のお手伝いをさせていただいている。



………



僕自身は、高校では水球部に入部。


「水泳をするやつは頭がいい(昭和限定)」の法則。

中学時代に一緒に水泳をしていた友達のほとんどが前橋高校に入学。

これだけでも楽しいに決まっている。


そして、もちろん、「水球」というスポーツは本当に楽しい。

ちなみに、世の中で、もっとも楽しい3大スポーツは、

 水球、モーグル、ポイントレース(ピスト)

で、異論なし。



「水球」の楽しさを知ってしまった。

必然的に、「競技としての勉強」の楽しさがうすれる。当たり前。

勉強がおろそかになる。


そして、1年生の1学期の中間試験。最初の模擬レース。

学年順位が発表され、なんと20番。二桁とかありえないし、アダチ君にも抜かれてしまった。

担任の大野先生(おそらく大卒初任)が、申し訳なさそうに、


 「アオヤマ、あのなぁ~」


と言いながら、ご丁寧にも僕の両親に連絡してくれたらしい。こら!

親としても、いまさら水泳を辞めろとは言いにくいようで、かわりに、


 「門限7時」


が設定された。

高校生が門限7時かよ?!

というか、親も7時に帰って、待ってるとのこと。医者って、そんなに早く帰宅できるのか?



私:高校時代は「部活」と「遊び」

親:勉強しろ

ありがちな親子関係。


仕方がない、親がうるさいから勉強してやる。

次の試合(1学期の期末)では、無事にクラストップへ返り咲き、以後、首位キープ。

だって、神童だから。



………



高校2年の頃、志望校調査があった。


僕が提出したのは、

 ①東大理II(理学部)

 ②東大理III(医学部)

 ③北海道農


「農業の研究者になりたい」

自分としては、人生史上、最高にマジメに考えたつもりだったが、

親から、あっさりと一蹴された。


 『 医学部以外へ進学しても学費は出さない。医学部なら生活費を出してやる。 』


え?

農学部(東大)へ行って、バイトで生活費を稼ぐ苦学生か、

医学部へ行って、親のスネで遊ぶか、

2秒だけ悩んで返答。


 「わかった。医学部に行く。」



志望校は、

 ① 東大理III

 ② 慶応医

 ③ なし(駿台予備校)


いずれにしろ、この交渉で、

 医学部に合格すれば、6年間遊んで暮らせる

という素晴らしい賞品が提示された。


「試合」へのモチベーションがぐんぐん上がってきた。









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by akogarehotel | 2018-01-31 12:39 | 子育てられ | Comments(0)  

2111. ワールドホビーフェア 平成30年1月28日(日)

ワールドホビーフェア 平成30年1月28日(日)




最悪の日から明けて翌日。昨夜は打ち上げを中止したくらいなので、今日も中止でいいのだけれど、長男の友達と一緒に行く約束をしていたので、仕方なく引率。



でもって、ついに「廃人デビュー」。

「廃神」ではない。

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ワールドホビーフェア(幕張メッセ)



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これまで何度も連れて行って欲しいとせがまれたが、「混んでいるだけで何も面白くない」と言って拒否してきた。


しかし、受験明けの今日だけは本人の希望を聞いてやろうということで、わざわざ幕張まで。

どう見ても、「負け組確定」だろ、これ。



想像通りの大混雑。

朝5時半に家を出て、9時開場のところを8時半に到着。すでに行列。入場できたのは9時半すぎ。

会場内は、朝の新宿駅と同じくらいの人口密度。各ブースなんて近寄ることもできない。各イベントの整理券を必死にもらい集めるが、1時間以上かけて3つもらうのが精一杯。


そのイベントも、デュエマ対戦とかベイブレード対戦とか、家で友達とやればいいじゃん!程度のもの。負ければ即終了。5分もかからない。

あまり、お金がかからないのが唯一の長所か。

ほとんどのイベントが無料。

有料(500円)のイベントもちらほらと存在するが、それも行列。しかし、500円相当以上の参加賞がもらえる。わりと良心的。

だから、こんなに混雑するのか。



………



目当てにしていた「マリオカート大会」はすでに受付終了。

(そんなもの、前橋のショッピングセンターでやればいいじゃん!)


デュエマ、ベイブレード、パズドラなどのイベントは無事に整理券を確保。

(9時開場で、10時半ころには、会場内のほぼすべてのイベントで整理券終了。)



そのうちのひとつ、パズドラの小中学生大会。

僕自身は、パズドラに関しては無知。ルールしか知らない。

長男は、妻のスマホでときどき遊んでいるだけなのに、いつの間にか、僕にも理解できない動きをするようになっている。

小中学生を相手に順当に勝ち進み、準決勝からは舞台上での対戦。

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有名プレイヤーさんの隣に並ばせてもらうという、「廃神」扱いに感激。親は大笑い。

でも、いいなぁ、俺でさえそんな扱いを受けたことはないのに。



パズドラは意外と複雑なルール。ただ並べればいいってものではない。


準決勝は「相性の悪い」組み合わせと対戦。しかし、実力で勝利。(と、実況のゲストさん。親は鼻が高い。)


決勝は、『ゲキアツ!』(ゲストさん)。

最後に「緑」を3つ並べれば勝ちだったのが、


『あー、緑ドロップが2つしかない!これは苦しい、リンタ選手。』


落ちドロップで両面待ちを作ったけど、緑は並ばず。ギリ敗退。


『あの状況で、「待ち」を作れるのは素晴らしい!惜しかった。』



長男はやや泣き顔だったけど、親は大笑い。

いいよ、別に「仕事」じゃないし。

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ちなみに、長男が「パズドラのうまいオジサン」と言って尊敬しているのが、、、

網野さんです。



………



朝の8時半から午後3時まで、食事もせずに、一度も座らずに、「新宿駅」でもまれて、まさに苦行。でも、子供たちは、


 『来年も来たいなぁ』


やっぱ、負け組だよ、これ。



★★★



場内では新商品や限定商品の販売も行ってます。そちらもものすごい行列。

(なぜ、行列をしてまでお金を払いたいの?!)


午後にはほぼ全ての商品が売り切れ。コナンのスカイツリーお菓子まで売り切れ。

(ここはスカイツリーじゃないよ?!)


まさに、宗教の自由です。








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by akogarehotel | 2018-01-30 12:53 | 子育てられ | Comments(0)  

2110. 受験戦争今昔(7) 『あらためて、「都の 西北ぅ~」』 平成30年1月

受験戦争今昔(7) 『あらためて、「都の 西北ぅ~」』 平成30年1月



僕が中学生の頃、

高田馬場にある頭の悪い大学が、埼玉県本庄に付属高校を作った。

将来は新幹線の駅まで作る計画という。(現在は完成済。)



その高校を、イウエ君が受験するんだって。

で、「お前も受験しろ」と親から言われ、なぜか僕も受験する羽目になった。


ちなみに、その頭の悪い大学には医学部はない(有名なこと)。

だから、合格したって、入学するつもりは1ミリもない。完璧に、親の見栄のツッパリばりばり張り合い。



でも、受験を「競技」と考えるようになった僕は、意外と楽しい。

ライバルを設定され、試合も決定した。あとは練習(勉強)あるのみ。


ところが、当時の勉強の記憶がほとんどない。

塾には通っていない。

家庭教師が来てたが、やってたのは中学校の復習だけ。その先生には、スキーに連れて行ってもらった思い出のほうが多い。

唯一「応用自在」だかそんな名前の問題集を、ひたすら一人で解いていただけかな。

こんなんでいいんかよ。



………



その「頭の悪い大学の付属高校」の受験のことは、今でもかなり鮮明に覚えている。

なにしろ、初めての「東京旅行」だったので、ウキウキしてワクワクしてドキドキだった。



前日は父親と京王プラザホテル(新宿)。

 人生初の「超高層ホテル」


なにこれー、でかーい、きれー、ぜいたくー、ぎらぎらー

ホテルのレストランで豪華な夕食を食べて、大きなベッドを一人で占領。

すっげぇ、楽しい。

驚いたのは、ホテルの中に、受験生用の「自習室」があったこと。


 「今頃、勉強するって、もう手遅れだろ?」



翌朝は大都会の洗礼を受けた。

試験会場は言わずと知れた高田馬場。

新宿から山手線でたったの2駅だが、これが超ラッシュ。

乗れないだろ?ってほどの満員電車に無理矢理押し込まれて、車内では本当に足が浮いてるくらい。中学生の子供に、これはきついよ。



さて試験。

「そこそこ本気で受ける試験」はこれが初めて。

いわばデビュー戦。かなり緊張していた。


緊張して、鼻血を出した。

試験が始まった途端に、試験用紙にポタ、ポタと流血。

鼻血はすぐに止まったけど、試合内容は最悪だった。

問題は覚えてるわけないけど、最悪だったことは記憶している。

帰りの電車のなかで、「あ、こうすればよかったんだ」と思い出したものばかり。

なぜ、テスト中に思いつかないんだよ!


まさにデビュー戦惨敗。

ところが、数日後の合格発表。

どこかに誰かが見に行ったらしいが、、なんと一次試験合格。

今でも理解不能。しかし、その後の人生を顧みると、これが本当に「勝ちぐせ」の始まりだった。



………



2次試験は面接と小論文。


勉強のしようがないから、もちろん準備なし。

唯一、「合格したら、どうやって通いますか?」という質問に、架空の答えを用意しておいた。

前橋の自宅から本庄まで、電車やバスを乗り継いで1時間以上かかる。

(こんな遠いところまで、合格したって通うわけないし…)



すると、なんと、面接で質問ズバリ。

そして、いけしゃあしゃあと、


 「はい、1時間くらいかかりますが、がんばって通います!」


と、堂々と答えやがった俺。

これぞ、名優。



結果は、もちろん(?)2次試験合格、つまり合格。

(当時は、現在と違い、面接や小論文はほとんど加味されていない。1次試験の順番がそのまま適応される、と考えられていた。とすると、本当に、合格した理由がわからない。)



いずれにしろ、デビュー戦優勝!



一方、イウエ君は、

1次試験は合格。(さすが!)

しかし、2次試験は「補欠」。(残念)


しかし、しかし、我が家が合格キャンセルを学校側へ連絡した翌日に、イウエ君のところに「繰上げ合格」の知らせが行ったとか。

なので、なぜかイウエ君は我が家に非常に感謝しているんだとか。

ごめんね。

(イウエ君とは、その後、お会いしていません。)



ここまでの受験戦績:2戦2勝







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by akogarehotel | 2018-01-30 12:51 | 子育てられ | Comments(0)  

2109. 受験戦争今昔(緊急追加) 平成30年1月27日(土)

受験戦争今昔(緊急追加) 平成30年1月27日(土)



最低、最悪…


 『さいあくだぜぇ』

誰のセリフでしたっけ?




いつもの卓球の試合で、とても熱心で有名なお父さんコーチがいて、子供の試合のときに常に怒鳴っている。気の抜けたプレイをすると燃えるように怒って、いつも子供が泣いている。

そのときは「子供がかわいそうだ」と思っていたが、今回ばかりは、そのお父さんの気持ちが分かる気がする。



………



今回の試合に向けて、長男と一緒に、1ヶ月前から練習を始めた。

この程度の試合なら、1ヶ月の準備で大丈夫だと思ったから。



一日のうちでは、苦手部分を先にやって、最後に得意な分野をやって、気持ちよく練習を終える。

これを1ヶ月続けて、後半2週間は試合形式の練習にする。

前日は全く何も練習しない。体を休ませる休養日。


練習のたびに、「得意技を生かせれば勝てる」と言い聞かせ、得意部分の練習を常に強調してきた。

試合直前、送迎の車から出て行く長男に向かっても、

 「得意分野を生かせ」

と言って送り出した。



しかし、試合が終わったあとの長男が、

 「得意部分を使わなかった」



『さいあくだぜぇ』

キレた。



1ヶ月間、お互いに頑張ってガンバって練習してきたのに、

最後の最後の、試合そのもので、

選手が、コーチの指示を無視。



これは、結果なんてどうでもいい。

もちろん、負けるだろうし、

勝ったら勝ったで、それは運が良かっただけ。

本人にとっては何もプラスはない。



ここまで仕上げといて、なんで最後に指示を無視するんだよ!

イシケンさんが、何度も心に叫んでいることかもしれませんね。イシケンさんの気持ちも分かります。


これほど、長男のことを不甲斐なく思ったことは初めてだ。それこそ、家から追い出そうかと思った。




★★★



 試合 → 入学試験

 練習 → 勉強

と変換すると、意味が通じます。受験も試合も同じです。


ちなみに、得意分野は算数で、

 「時間がなかったので、算数の問題をとばした」

とのこと。




一部の人にお話ししていた通り、合否はどうでもよい。

たとえば、競輪選手のお子様が自転車競技でヘタクソなレースをしたのと全く同じ。

本当に蹴飛ばしたくなりました。



ただ、本当のことを考えれば、試合に参加できるだけで幸せです。

それを思い返せば、怒りもだんだん収まってきた。

広ーーーい意味を考えて、受験できるてことだけで十分に幸せです。






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by akogarehotel | 2018-01-29 19:05 | 子育てられ | Comments(0)  

2108. 受験戦争今昔(6) 『都の 西北ぅ~』 平成30年1月

受験戦争今昔(6) 『都の 西北ぅ~』 平成30年1月



昔、「SANYO」という電機メーカーがあったのをご存知ですか?

バブル以降にどこかに吸収されたようですが。


そこの社長一族のイウエさんが、僕の親とお友達。そして、子供が僕と同い年。

当然、親同士は見栄のツッパリ合い。


中学3年のとき、

その同い年のイウエ君が、某高校を受験するという。


「お前も、その高校を受けろ」

なんじゃ、そりゃ。



………



中学3年の私。

受験は、前橋高校の一択。

神童の僕は、当然、合格間違いなし。左手で受験しても、落ちるはずがない。

唯一の懸念は、油断して全然勉強しなくなることだけ。



そこで、僕の親が取った作戦は、「一番の成績で合格したら賞品」。

優勝賞品はラジカセ。まさに、のどから手が出る品物。欲しい!

親の意図通りに、完璧ににんじんに釣られた。

(そもそも、どうやって「1番の成績」かどうかわかるのか、当時の僕は何も疑っていなかった。わかるところにはわかるんだよね。それは大人の事情。)



………



そして、「にんじん」とともに、実行されたのが「あわせ馬」。


 「イウエ君と同じ高校を受験して、イウエ君に勝て」


この頃の、親の作戦には完璧に同意する。

小学生中学生なんて、競走馬と全く同じ。

どんな練習をして、どうやって試合に臨むかを理解している子供はほとんどいない。それは、スポーツでも、受験という「競技」でも全く同じ。

優秀なコーチが、選手をその気にさせて、ちょうどいいタイミングで試合を迎えさせる。そのためには、にんじんでもご褒美でも、使えるものは全て使えばいい。



ということで、

「あいつに勝て」とライバルを設定されて、優勝賞品も飾られて、

夏休み以降の僕の「勉強モチベーション」は高値安定だった。

この点、秋冬に練習がなくなる水泳部ってのは、きわめて有利だ。

(だから、水泳部は頭がいい?)



………



長くなってしまったので、イウエ君の話は次回へ。






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by akogarehotel | 2018-01-29 18:51 | 子育てられ | Comments(0)  

2107. 受験戦争今昔(5)『泳ぐことから始めよう』 平成30年1月

受験戦争今昔(5)『泳ぐことから始めよう』 平成30年1月




大学の水泳部。

医学部には医学部だけの大会がある。


当時、その水泳部門の勢力図は、

 東大、東北大、慶応、筑波、の順

まさに「水泳は偏差値に比例」。



だからというわけでもないが、その頃から、巷で言われるようになっていたのが、

 「水泳をしている子供は、頭がいい」

という妄想虚言。



違うから!

逆だから!

 「頭のいい子が水泳をやっている」

が正解だから!



僕たちが小学生のころ、世の中にはスイミングスクールが林立しはじめ、諸事に余裕のある家庭の子供がスイミングスクールに通うようになった。ほっといても勉強できるから、水泳にでも行かせよう、って。


その証拠に、

僕は中学時代に水泳部に入ったが、同学年の水泳部員男子は5人。その5人全員が超有名進学校である前橋高校に合格している。

(ひとつ上の先輩は例外。先輩5人のうち、前橋高校は2人だけ。しかし、5人のうち3人が水球で国体やインターハイに出場している。泳ぎすぎたんだよ。)



………



僕の小学生当時、「水泳をすると頭がよくなる」なんていう世間の噂は、もちろんなかった。うちの両親は、単純に、健康のためと称して、僕をスイミングスクールにぶちこんだ。


幼稚園世代で、ずば抜けた才能を示しものの、小学校入学とともに一時中止。

小学校4年のときに、再びスクールに通ったが、今度はつまらなくて半年で中止。



そして中学。

何かの部活に入らなければいけない、というルール。

それなら得意なものがいいに決まってる。という理由で水泳部へ。


水泳部には、ミネさんなど、楽しい友達がたくさん。屋外プールなので、練習は夏だけ。冬はプールサイドで遊んだり、たまにランニングしたり。部活を楽しいとは思ったけど、苦しいと思ったことは一度もない。その程度の練習。

だからこそ、充実した水泳の3年間。

「健康のための水泳」なので、当然、スイミングスクールには通っていない。



そして3年生のときの前橋市の中体連大会。

 800m 優勝

 400m 準優勝


今にして思えば、すごいことのように思うのだが、


自分的には、幼稚園時代を考えれば妥当な結果だし、まぁまぁかな、くらいな感覚。

家に帰っても、親が別段、お祭りをするわけでもなく、いつもと変わらぬ日常。


これ、おかしい!

もしも、今、うちの子が卓球でこんな結果なら、我が家は、三日三晩、お祭り状態に突入するよ。

どうやら、この頃から、僕の親は、


 水泳ばかりしなくてもいいだろ、そろそろ勉強しろ


と思っていたらしい。


その根拠に、

前橋の大会で優勝したら、次は当然、県大会。

県大会を前に、前橋の選手だけで、夏休み期間に集中練習をしたそうだが、そんなこと、俺は聞いてないし。



そんな流れで、

中学3年の夏休み頃から、再び、受験モードに突入した。突入させられた。

水泳の役割は終わった。もうやめていいよ。








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by akogarehotel | 2018-01-27 13:10 | 子育てられ | Comments(0)  

2106. 受験戦争今昔(4)『その昔』 平成30年1月

受験戦争今昔(4)『その昔』 平成30年1月



偉そうなことばかり言って、じゃぁ、お前はどうなんだよ?

という質問に対する言い訳。



………



決して自慢ではなく、言い訳。


高校のときの全国模試で、僕は、県で1番以外を取ったことがない。


同じく、県で2番以外を取ったことがないやつは、同じクラスのサカタ君(仮名)。

彼は一浪して、東大医学部に入った。


このときのクラス(3年7組)は、奇跡的に、非常に優秀なクラスで、

 僕・某医学部         水球部

 東大医学部(サカタ)     なし

 慶応医学部(カドムラ)    サッカー部

 京大医学部(ヨシダ)     なし

 東大理II(マル)        水球部

 群馬大医学部(ツトム)    バレー?

 順天堂医学部(サトケン)  剣道部

 (1985年卒)

の合格者がいる。東大理IIが安く見える。都内の名門高校に匹敵すると思う。



「受験に全く力をいれていない公立高校」にしては想定外の結果だ、

ということは、各生徒の能力が優秀だったということ。(僕以外のね。)

そんなわけで、多少の上から目線は許してください。



………



その昔、僕が小学生のころのお話。

卒業文集に、当時、スーパーカーブームだったこともあり、


 『 医者になって、お金をもうけてスーパーカーを買う。 』


と書いた。

「お金をもうけて」に対する突っ込みは無視するとして、特筆すべきは、小学生の時点ですでに、「医者になる」と決めていたこと。

ただ、これは決して本心からではない。

僕の親も医者で、僕に対しては、ことあるごとに、


 「 お前は医者になれ~ 」


的な圧力をかけていた。それを子供ながらに、素直に受け止めていたということ。

親のことが、どちらかというと嫌いだった僕だが、この圧力からは逃れられないと実感していたらしい。

医者になるためにどうしたらいいかすら知るはずもない小学生が、卒業文集にちょこっと戯言を書くだけで、親からべた褒めされる。これくらいは空気を読めた。



………



当時の僕も中学受験をした。

ナントカナントカ中学を受験した。


驚くことに、当時の群馬県には受験する中学は唯一、この学校しかなかった。

しかも、1次試験のあとの2次試験は抽選。いわゆる「ガラガラ」を回して、当たりが出たら合格。当たり確率は50%。まさに教育後進国のグンマーらしい。


「くじ引き」と聞いた時点で、ヤル気がうせる。当然。

その理由は、


人生をくじ引きで決めるのはおかしい、


 ではなくて


くじ引きで決める人生を選んではいけない


だから、受験勉強なんてするわけもないが、これまた当然のように塾に通わされた。




それが、名物「吉田塾」。

 (ヨシダという名前は変人が多い。)


吉田塾(算数):

県庁近くの「掘っ立て小屋」。8畳一間とトイレと水道しかない一軒家。

小学生ながらに強烈な印象だったが、先生はもっと強烈で、

「はい、この問題やっといて」と言っては、すぐに留守になるオジサン先生。

それでも、子供たちはみんなマジメに勉強していて、特に困ることはなく、またあるときは、


 近くのゲームセンターにつれてって、当時大流行だったインベーダーゲームをさせてくれる!!コーヒーもごちそうしてくれる!(もちろん、先生のお金で)


 ネ申きたこれ


もう大好きでしたね、先生のことが。タバコをぷかぷか吸ってたから、長生きはしていないと思う。塾の友達も気が合うやつばかりで、楽しかった思い出しかない。

だからといって、塾で一所懸命に勉強したかというと、

当時苦手だった「つるかめ算」を、苦手のままに人生を過ごしているので、やはり想像通り、あまり勉強はしていなかったらしい。



………



そんな、付き合い程度の受験勉強しかしないで臨んだ人生最初の受験。

神童といわれていた僕は、当然、一次試験は合格。


二次試験の「ガラポン」は、全く興味がなく、現地にすら行かなかった。

かわりに「親戚のおばさん」が行って、ガラポンを回したら、当たりが出たらしい。喜んで、家に連絡してくれたというが、僕の両親の答えは、


「合格しても通学しないから、キャンセルしてくれ」


だったという。



これは、あくまでも僕の親の世代の意見ですが、

あくまでも、


群馬県民は、この中学に対しては、好き嫌いがはげしい。

親から、「あんな学校、通わなくていいよ」的な会話をされた記憶がある。

一応の建前は、この年を境に、付属中学が移転して遠くなる。通うのが大変なのでキャンセル、ということらしいが、移転になるなんて、受験前からすでに分かってたことですからね。


当事者の僕としては、同じ小学校の友達とそのまま同じ中学に進学するほうが、圧倒的に楽しいから、利害一致。何にも文句はなかった。







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by akogarehotel | 2018-01-26 13:25 | 子育てられ | Comments(0)  

2105. 受験戦争今昔(3)『超営利目的団体』 平成30年1月

受験戦争今昔(3)『超営利目的団体』 平成30年1月




群馬県の悲しい現状:


中学受験塾は、U社の一社独占状態。


 「 中央中等の合格生の95%が当塾出身者 」


と、堂々と謳っている。

まるで、当塾に入れば95%合格します、的なダマシ文句に激しくむかつく。


塾生400人のうち、合格するのは約100人。(合格するのは、たった25%)

でも、豪勢な謳い文句に誘われて、どしどしと生徒が集まってくる。


勝ち組になると永遠に勝ち続ける、の典型例。

競合他社が全くないというのも、群馬らしい。



………



それでも、実は、地元でも有名な「ブラック」企業。

ということは、逆に、お客側(生徒側)にとってはありがたいこと。


確かに、先生方一人一人は熱い篤い元気のある人ばかり。

「公立一貫校専門」と宣伝しているだけあって、問題作製もしっかりとしている。過去問を参考にして「異常で異様な記述問題」を子供たちに練習させてくれている。

惜しむらくは、模範解答が、ちょっとずれている場合が多いこと。ま、少しくらいは水に流そう。



ただし、料金が高い。

90分の授業で5000円!

「塾へ行かせないと心配」という親心を完璧に掌握してる。だから、気に入らない。

商売根性中心の塾だから、個人的には大嫌い。

家庭教師代金より高いだろ、それ。その金額なら、俺が塾を開こうかな。



参考までに、

大学時代、家庭教師のバイトをすると、僕の同級生の相場は1時間4000円~5000円。

6000円を越すと「ぼったくりだろ?」とからかわれる。

僕自身は1時間3000円でやってたが、すると、「安くて申し訳ないから」と、バイト代金のほかに、パンをダンボール箱でもらった。バイト先はパン屋さんだった。


家庭教師センターのような派遣会社を介すると、1時間1500円~2000円。生徒側にはその倍の金額が請求されている。

家庭教師でも5000円は高いのに、塾でその金額はありえない。



………



この塾に通っているのは、妻の一存だが、僕自身も完璧に反対しているわけではない。


 子供に「受験業界」を体験させる


という李典があるから。

こんな先生がいる、こんな生徒がいる、こんな親がいる、こんな問題集がある。

って、感じ取ってくれたら十分。

あるいは、友達でも作ってくれたら、なおうれしい。



★★★



中学以降も、この塾は受け入れるらしいけど、絶対、行かなくていい。


ちなみに、都内に住んでいたら、えろかみの以外に選択肢はない。







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by akogarehotel | 2018-01-25 15:49 | 子育てられ | Comments(0)