2123. 受験戦争今昔(外伝)

受験戦争今昔(外伝)



マジメな内容です。

書こうかどうか悩んだけど、記録として残すために。


すぐ下げます。



………



僕の長男は1歳半検診で異常を指摘された。


1歳半検診では、意味のある発語が3つ必要だ。(ぱぱ、まま、ぶーぶーなど)

しかし、長男は、3つどころか、1つも言語を発していない。「あー」とか「うー」しか言えない。


発育障害の疑いと言われ、県立小児医療センターへ通わさせられた。

しかし、何かの治療をしたところで言語を発するようになるわけもなく、数ヶ月通ったところで通院を中断した。

そのまま、言語を発っせずに1年以上が経過する。

このまま何も喋れないのだろうか。



ただし、自発言語はないものの、こちらの言語は理解している素振りがある。名前を呼べば振り向くし、あっち、こっちという親の指示にも従う。ジェスチャーのようなもので、コミュニケーションも可能だ。


でも、親(俺)は心配でたまらない。

少しでも、子供の脳みそに刺激を与えようとする。

毎日、昼休みに帰宅して、2時間近く一緒に遊んだ。

長男は楽しければ笑う。笑うことによって、言葉を発するのではないかと期待して、ひたすら遊んだ。

歌を聴けば歌いだすかと思い、「おかあさんといっしょ」の歌をひたすら聴かせもした。



当時、長男は乗り物とアンパンマンが大好きだった。

特に電車は、見るのも、乗るのも楽しいようで、何度も駅に連れ出した。「わーわー」言いながら、電車を見て喜び興奮していた。高崎駅の新幹線ホームには何度行ったことか分からない。そのまま適当な電車に乗って、本庄くらいまで二人旅をもした。



しかし、2歳で保育園に通っているときも、意味のある発語はなかった。

担当の保母さんはとてもいい人で、長男に非常に優しく対応してくれていた。

保育園からは何も言われなかったが、何か心配なまなざしで見られていた気はする。



長男が、もうすぐ3歳になる頃、長女が生まれた。

その前後くらいに、やっと、長男に変化があった。


僕と長男が公園で遊んでいるとき、

忘れもしない、大利根公園(ミネさんちの目の前)のコンクリート山の上で、

長男が、遠くの車を見て、『ぶーぶー』と言った。

2歳10ヶ月くらいの子供が、生まれて初めて、「ぶーぶー」と言った!


自分の人生史上、一番うれしかった日かもしれない。

大学受験なんて1浪すれば受かるし、水泳でいい成績出したって人生が変わるわけないし。どう考えても、この日以上にうれしかった日はないと思う。



その後、3歳の誕生日前後に言葉が増えていき、4月に幼稚園に入園するとき(3歳9ヶ月)は、周りの子供とほぼ同程度になった。



………



特に男児には、言葉の発達が非常に遅い子供がいる。

とは、聞いたことがあるものの、いざ自分の子供のこととなると心配で仕方がなかった。


当時のことを、今、長男に言うと、本人はまったく気にも留めず、『ふぅーん』としか言わない。

そりゃ、そうだ。



長男は、その後、親に似て非常に聡明な少年に成長し、小学校でも優秀な成績となり、先日の「どうでもいい」受験も合格してくれた。

受験については、「非常に不甲斐ない試合内容」だったので、その夜は激怒したが、

幼児期のことを考えると、受験できるようになっただけで十分に幸せだし、

言葉の発育が悪かった子供が、記述中心の試験に合格した、ということも喜ばないといけないことと思う。


これまで、このことは誰にも言わず、長男に心配させられた約3年間は、友達付き合いも断っていた。

もしかして気づいていた人がいたかも?

特に○福さんとかね、あいつ、意外と繊細だから。






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# by akogarehotel | 2018-02-10 13:54 | 子育てられ | Comments(2)  

2122. 受験戦争今昔(あとがき、その2)

受験戦争今昔(あとがき、その2)



「この大学」は、一般に「品のいい金持ち」の大学と誤解されがちですが、必ずしもそうではありません。

(某広告研究会のことを思えば、「品がいい」なんて、決して言えません。)



僕自身は、親の約束どおり、遊びながら大学生活を送りましたが、ほとんどの学生が、特に地方出身者はほぼ全ての学生が、アルバイトで稼ぎながら生活していました。


アルバイトは家庭教師です。

相場は時給4000円から6000円。

それなりの大学なので、それなりの時給になります。友達には時給10000円なんて破格の設定もいました。

僕も「夢が塾の先生」なので、家庭教師をしていましたが、お金のためではないので、時給3000円という親切設定です。小学生~女子高生まで担当しましたが、楽しい仕事です。少なくとも、医者より楽しい。

(フランス人の女子高生に数学を教えろ、ただし英語で、ってのは困った。)



………



この大学では、「医者の子」率はそれほど高くはありません。1割くらい。

しかし、他の私立医大では圧倒的に高くなります。その理由はもちろん、学費。


1年間の学費(30年前):

 国立(東大他) 90万円

 慶応  200万円

 慈恵  400万円

 他の私立 1000万円


↓参考までに現在の学費

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順天堂に合格したサトケン(前述)が、入学時に払った金額は2000万だそうです。施設費や寄付金を含めると、卒業までの6年間で1億円に達する大学がざらにあります。それらの大学では、当然、「医者の子」率は高いでしょうね。


つまり、昔は、金を積めば医者になれる、と言われた。



しかし、現在は違います。

最近は、医学部志向が非常に高いため、


『東大に入れるレベルにないと、どこの医学部にも受からない』

(あやのいち談)


だそうです。たとえ、K医大でも、K医大でも、K医大でも、(Kばっかり)、

現在は、かなりの学力が必要です。



………



有名なことですが、「この大学」の学生は非常に愛校心が強いです。

ラグビーや野球など、たかがOBなのに一所懸命に応援します。その理由は、学校がそのように煽っているからです。

「高田馬場にあるおバカ大学」をライバルに仕立て上げているのも、愛校心を煽り立てる道具にするためです。

(半分くらいの学生OBはそれを知っています。知ったうえで、あえて仕立てあげられたライバルとの掛け合いを楽しんでいます。)



愛校心を煽る目的は、当然お金です。

OBの集まりにはもれなく「寄付金募集」がついてきます。お付き合い程度に諭吉一人を寄付するだけでも、もともとの人数が莫大なので巨額の寄付金になります。(この大学に限っては、「福沢諭吉」以外のお札を寄付する人は絶対にいませんから。)



ふざけてますね。

大嫌いです。


寄付金というのは「足」で集めるものです。

「通達」という紙切れで集めるものではありません。


たとえば、今だと、

   「大学病院新棟建築費 寄付金 100万円から」

なんて紙切れが回ってきます。

アホらしいので、当然無視してます。


しかし、洗脳されている学生やOBは寄付しちゃうんだよね。そんなお金があるのなら慈善団体に寄付しなさい。僕はそうしています。

お金は、足りなくて困っている人に寄付してあげるべきでしょう?

(今年は甲子園に出場するから、がっぽガッポですね。)



………



何事もそつなくこなす学生が多いので、勉強だけの「ガリ勉」タイプはほとんどいません。


しかし、例外はあるもので、

1学年に1人か2人くらい、勉強以外のことを何も知らない、人生で勉強だけしかしてこない生徒がいます。もちろん、僕からすると尊敬に値します。自分には「勉強だけ」なんて人生は絶対に無理だから。



同級生のイシイ君は、ひたすら勉強しかしてこないタイプ。

大学でも全ての授業に出席して、すべてのノートをマジメに記載する。彼がいたおかげで、私たちの学年では「出席者ゼロ」の授業が発生しませんでした。

そんな彼は、そのマジメさと勤勉さのおかげで、ついに精神を病んでしまいました。

むずかしいですね。


余談ですが、

イシイ君は学習院小中高卒業で、皇室の方と小学生からのご学友で仲良しだそうです(新天皇の弟さま。カワシマキコさんとご結婚された人。)。

遠足に行って、お弁当を分け合ったり、結婚式には個人的に贈り物を送ったと。



★★★



大学に入ってからの私。


大学では、期末テストで満点を取ろうが、最下位でギリギリ通過しようが、どっちでも同じです。もう順位は関係ありません。試合ではありません。


勉強が「試合」ではなくなると、一気にヤル気がなくなりました。

それまで大好きだった数学・物理・化学は、最低限の勉強をした。けれど、それ以外は本当に最低ラインをすれすれ通過。

医学という学問は「暗記勝負」なので、理系の脳みそには縁遠かったのも大きな要因です。


5年生から6年生になるときに、かなりやばく留年しそうになりながら、一応、6年で卒業。卒業時に、6年間総合の成績順が発表されて、105人中100番でした。

まったく意味のない数字なので、何も気にしていません。


が、

前述の洋子さんは1位。

このへんが「運命の人」ではない理由でしょうね、当然。



………



医者になるのに、医学が嫌いでどうするの?


と言われても、

くどいけど、医学部に入った理由は「親の命令」です。心底、医者になりたいと思ったことは一度もありません。

そのため、在学中も、常に違う職種へのチャンスをうかがっていました。


麻雀プロの試験を受けたけど、落ちた。

DJの一般募集試験の日時を確認したけど、自重した。

あの「光栄」の入社資料を取り寄せて、「三国志I」の解説を書いて送った。

(火攻のやつ。PCゲームの名作。)

当時、最も住みたかった町「越後湯沢」を放浪もした。

(働き口がないと悟り、あきらめた。)

保険会社の面接も行った。



ま、「どうせ医者になる」という甘えた気持ちがあったから、就活もヤル気が中途半端だったのでしょう。

お恥ずかしい。

ちなみに、当時(学生だったので)競輪の存在を知らなかった。知っていたら当然、受験していたでしょうね。受かるわけないのに。



★★★



僕が中央中等を否定する理由は、僕の大学の同級生にあります。


同級生には、灘とか麻布とか開成とか、錚々たる中高一貫校の出身者がいますが、

こいつらが、到底、6年間勉強してました、なんてわけがない。


もともとのデキも違うけれど、

本気で受験勉強をしたのは後半2年程度。それでは不十分なことが多いから、浪人して、一浪で合格。

こんなパターンばかりです。

僕は、これが個人の能力を最大限に引き出す方法だと信じています。


1年生(中学1年)のときから、猛勉強(猛練習)したって、6年間も気力体力が維持できるわけがない。

それなのに、群馬の中高一貫は、公立なので、残念ながら、杓子定規に

 「6年後の大学受験を目指してがんばれ」

なんです。


だから、いまだに、前橋高校に進学率で勝てないんだよ。

リンク(中央中等、前橋高校、高崎高校の進学率へ)






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# by akogarehotel | 2018-02-09 18:23 | 子育てられ | Comments(0)