2120. 受験戦争今昔(14) 『塾で教えないこと』

受験戦争今昔(14) 『塾で教えないこと』 



勉強は「競技」。

スポーツと同じ「競技」。


練習して、力をつけて、応用練習をして、自分の能力を確認して、試合に挑む。

ライバルを意識して、足りない部分を補強すれば、最大限の成果を生み出す。

(しかし、それでも勝てないときには勝てないよ。)



眠い目で勉強してもムダ。

それと同じくらいに、低血糖で勉強してもムダ。

それと同じくらいに、つまらないと思いながら勉強してもムダ。


楽しいと思ったら勝ち。

試合を思うと、練習したくなる。練習が好きな人は強い。

試合に向けて、練習メニューは自分で組み立てる。他人がわかるわけない。横槍を入れる他人は、親であろうと無視。

試合なんだから、ライバルがいるといい。賞品があってもいい。



………



そういえば、僕が小論文の「医者になりたい理由」で、どんなことを書いたか?


 『 僕は子供の頃から喘息もち。病気の僕を内科医である母親が一所懸命に看病しれくれた。母親自身の仕事も夜遅くまであるのに、その忙しいなかで僕を治療してくれた。僕も大人になって、母親の仕事を手伝ってあげたい、と子供心に思った。だから僕は医者になりたい。 』


みたいな内容を書いた記憶がある。涙が出そうだ。

もちろん、大ウソ。全ウソ。こんなの作り話に決まってる。

だって、僕が医者になった理由は、


 『 父親が、「医学部以外の大学に行っても仕送りはしない。医学部ならば、卒業するまで学費と生活費を払ってやる。」と言ったから。 』


そんな真実を書いたら、合格するわけない。

だから小論文なんて無意味なんだよ。



では、今現在は「医者になりたい」と思っているか?

僕のもっともあこがれる職業は、これは高校3年生のときから今まで変わっていないが、


   学校の先生になりたい!


高校3年のときの多胡先生に感化された。学校の先生になりたい。

でも、公立学校の先生ってのは、本当に大変らしい。

(なるのも大変だけど、なったあとも、)一言一句、指示されたとおりに授業をしないといけないらしい。

僕のもっとも嫌いとする「指示通り」という指示だ。


うーん、じゃぁ、


  予備校の先生になりたい!


駿台に通いながら、心からそう思った。その気持ちは今でも変わっていない。

だから、たまにそれっぽいアルバイトを引き受けている。

環境が許すなら、今にでも転職する。

学生のころ、親にちょこっとそんな話をしたことがある。すると、


『予備校の先生は大変だよ。人気が落ちたらすぐクビだから。芸能人みたいなものだよ。』



………



最後に、本文に登場した友達たちのその後。


3年7組 2位 サカタ君

一浪して、東大医学部、「育ちのいい大学」医学部、名古屋大学医学部のすべてに合格し、東大医学部へ入学。学生時代からベンツに乗り、卒業後は精神科へ入局。


3年7組 3位 カドムラ君

一浪して「品のいい大学」医学部へ入学。僕の後輩になった。医学部のサッカー部でキャプテンとしてぶいぶい言わせて、卒業後は外科へ入局。


1年7組 2位 アダチ君

高校入学時に同じ組だったアダチ君。一時、僕より成績上位だったこともある彼は、脅威の文系人間。現役で東大(文科系)に入学し、学校の先生となり、数年前から前橋高校に国語の先生として赴任。そして、水球部顧問として活躍中!

(泳げないけど)



洋子さんのことも書く?

お茶ノ水女子大学付属高校から、現役で「超絶品のいい大学」医学部へ入学。管弦楽団でホルンを演奏するかたわら、バドミントン部(選手)、アメフト部(マネージャー)でも活躍。そのうえ、勉強も手を抜かず、大学を主席で卒業。卒業後は眼科に入局。

現在独身。

↓早春物語の原田知世

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慶応病院HPに現在の写真が掲載されています。俺の夢を壊すな!

(はい、そこ、検索しないっ。)



★★★



師、のたまわく、


これを知るものはこれを好むものに如かず

これを好むものはこれを楽しむものに如かず

(最近、読んだばかりの「論語」の一節)


 【訳】如かず(しかず)=かなわない



勝負は「練習(勉強)」が好きかどうかで決まる。

練習が好きな奴は強い。


では、練習が嫌いな奴は、どうする?

少しでも得意な分野、わずかでも興味のあることから始めればよい。

そうすれば、だんだん好きになるよ。



僕が思っていたことを、孔子も言ってます。

奇遇だな、これは。







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# by akogarehotel | 2018-02-07 22:32 | 子育てられ | Comments(0)  

2119. 受験戦争今昔(13) 『最終試合』 

受験戦争今昔(13) 『最終試合』 



 「 おい、二次試験を含めて6000円って言ったろ 」



という、ひと悶着は置いといて。



すぐに二次試験がある。

小論文と面接。


 「 二次試験は、病的な性格の持ち主を排除するため 」


というのが当時の通説だった。当然、何も準備していない。

「なぜ医者になりたいのか」だけ考えておいて、試験会場の日吉へ。



ちなみに、ホテルはまた池尻大橋。

再び、先日のゲーセンで夜を過ごし、再び、先日の定食屋で夕食を食べ、

再び、田園都市線のラッシュで渋谷から日吉へ。


小論文の題名は記憶にない。もしかして「医者になりたい理由」だったかも。

面接の内容も覚えていないが、こちらでも「医者になりたい理由」を聞かれたかも。




★★★



ちなみに、面接試験は医学部の医者が担当する。


僕が大学病院勤務だったころ、先輩医者が「今日は面接の試験官だよ、めんどくせー」と言って出かけていった。

彼は正しい。

5分程度の面接で人間の優劣を判断できるはずがない。点数をつけられるはずがない。そもそもが、面接で振り分けようということ自体が間違っている。

だから、面接は「異常な性格」「異常な思想」を持っている人間を排除することだけが目的。

そんな仕事はめんどくさい。入院患者さんの仕事を放り投げて行くべきことではない。



面接で子供を判断して、合否を振り分けるなんてのは、完璧に大人の暴挙。思い上がり。

そんなことをする学校のほうが「異常」だ。

「総合問題」という名の下に、そんなことをする学校が少なくない、というのは困ったものだ。



★★★



「日吉にある大学」の二次試験の合格発表の前に、東大の入学試験があった。



3月3日。

東大の試験は本郷で行われる。

御茶ノ水のビジネスホテルを予約してもらった。ここからなら、歩いていける距離だ。


前日、試験会場をスクーリング。

周りにいる人が、みな東大生かと思うと、自然に背筋が伸びてくる。

ひとしきり「観光」したあとは、恒例のゲーセン探し。

というか、探す必要がない。

大学の目の前には、ゲーセンがずらーーっと並んでいた。もちろん、今のような大規模のものではなく、50円のテーブルゲームばかり。

「大工の源さん」と「熱血硬派くにお君」(パチンコではない)があったのを強烈に覚えている。



試験は、惨憺たる内容。

数学ができなかった。得意種目で得点できない。先行選手が後方7番手で何もできずみたいなもの。これでは論外。桜田門外。

理科英語はまぁまぁなので、来年なら大丈夫だろうな、とは思ったけど…



………



ふたつの大学の合格発表が出ないうちに、もうひとつ大事な試験がある。今期の最終戦。



駿台予備校。

入塾試験に失敗すると、理3アルファクラスに入れない。

気持ち的には、ここが本命。本心からの本命。

大学の発表なんて待たなくていいから、予備校の近くに、さっさと下宿先を探して引越ししたいくらいだ。


試験内容は上々。というか、完璧。

こちらは、早々に結果発表があり、無事に理3アルファ合格。

大学の発表前に駿台入塾を申し込むと、割安料金だという。申し込んじゃってもいいよ、と親に言ったら、まぁ待て、となだめられた。



………



3月中旬。

「東京タワーの近くに本部がある、育ちと品のいい、芦田マナが将来通うであろう大学」の二次試験の発表は、三田校舎に掲示された。

なぜか見に行った。

大学生のおねいさんが見てくれることになっていたが、(信用できないので?)見に行った。



結果は、 「補欠」

二次試験受験者は180人。そのうち、60人が「合格」、60人が「補欠」、60人が「不合格」という。素直に一次試験の点数順だと思う。


定員が65人なんだから、「補欠」はほとんどが無理だと思っていた。



ところが、約7日後、「補欠」が「繰上げ合格」になる連絡が来た。

そして、その3日後、東大は「不合格」だった。


受験戦争は終了した。

通算戦績 6戦5勝





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# by akogarehotel | 2018-02-06 23:21 | 子育てられ | Comments(0)